第二十二話 ラジコンをやっていると、一部のキャンプ用品が欲しくなったりする場合があります。なぜかがわかると、初心者の域は超えたと言えるんじゃないでしょうか。
「ふたりとも、そろそろ学校にも、新しい生活にも慣れてきたんじゃないかしら」
と、部長。部長とわちの間には乾氏が立ちはだかる。
「そろそろ朝練も交えようと思うのだけど、どうかしら。と言っても、走って、走らせるだけなんだけど」
ラジコンで朝練か、と、なんとなく違和感があったけども、部活なのであるからして朝練はあって当たり前ではある。違和感はわちの偏見じゃ。
「あ、乾さんはそもそも速いから無理しなくていいのよ」
「はあ」
「でも駒込さんは初心者だからなるべく参加してね。私が手取り足取り」
「そういうのやめてもらっていいですか。あたしも出ます。出ますよ」
というやり取りがわちをそっちのけでなされ、従ってわちは早朝の学校にいるわけだ。
「じゃあ、一緒に登校しようね」
「は、はい」
となったのだが、なんかもう、朝から晩まで乾氏と一緒になるわけだ。
とはいえ教室は別であるからして、わちはひとまず自分の教室で支度をする。
教室には数人いる。誰が誰やら名前と顔が一致するのは極めて稀である。一致したところで話すことがあるわけでもなし。
なのだが、話しかけられる頻度は高い。おそらくなんか気に触るとこがあって牽制の意味があるんじゃろうな。
「駒込ちゃん、今日は早いんだね」
「ぶ、部活の朝練で」
「初心ちゃん、珍しいねこんな時間に」
「ぶ、部活の朝練で」
このように、わちは所在と行動を監視されておるわけじゃ。
これ以上目障りにならぬように小さく小さく動きながら支度を終え、さて乾氏のとこにいくかと中腰になったとこでまたもやひとかげ。
「あなた、乾三乃を知ってるわよね」
「ぶ、部活の朝練。え」
この時間は、教室内は体育会系のジャージ姿で占められておるのだが、このひとは制服姿だった。
「こないだの大会で三乃と一緒にいたでしょ。いたわよね」
「は、はあ」
「里見光代。今日からこの学校に転入するの。よろしくね」
「あ、どもよろ」
「名前は。あなたの」
「こ、駒込初心」
なんとなく不穏だと思ったのか、わちが転校生になにか良からぬことをしでかしたのではないかと数人が寄ってきて、どうしたの大丈夫と様子を窺いよる。その視線が交差する中を、里見氏は悠然と抜けて立ち去っていく。
ここらでようやく、ああ大会の仕舞いで乾氏に声をかけていた人物だとモンタージュできた。
転校生は転校生らしく、教師の
「転校生を紹介する」
から始めてもらいたいものだ。
教室を出ると乾氏が待っていた。
「なんかあったの」
気遣われてしまう程度には待たせてしまったようじゃ。すまんのう。文句は里見氏にいうてもらえんじゃろか。
「さ、里見氏が来てた」
「里見」
「さ、里見光代氏が転校してくるって」
「えええっ」
死角から結構な勢いでひとが飛び出してきても、ああはいはいと揺れること無くわちごとすいと避けるほど冷静な乾氏が、目を開いて驚くなんていままでなかった。
「も、もう話ししたのかと」
「いやあ、何にもないよ。やあ。初心のとこ行ったか。んん、気をつけてね。なんかあったらすぐ言ってね」
「え、えっえっ怖いんですけど」
「まあ、概ね冗談だから」
「お、概ね」
始業時刻となり、教師に伴われて里見氏が現れた。が、普通の転校生以外の何者でもない雰囲気の挨拶であった。
それが怖いのであるが。
気にしても仕方ないし気にしないようにしようとしているのじゃが、そういうものに限って目が向いてしまうのは、わちの視覚系の欠陥だ。
ついちらちら見ちまう。
とはいえ、気にしないようにしている時点で気にしているんじゃから、これは人類の抱えた論理的な矛盾と言えなくもないか。
こういうのは世間のひとびとはちゃんと抑制しておるのじゃろうなあ。
昼時になるとひとびとがわちの周辺に集まり監視をしよる。
「駒込さんは、テレビどんなの見んの」
「あ、えと」
「駒込さんはあんまりテレビ見ないんだよねえ」
「あ、まあ」
「勉強してるんだよ。えらいねえ」
「い、いや」
「眠くてすぐ寝ちゃうんだよね」
「う、うん」
「かわいいなあ」
とまあ、余計なことを言って不興を買ったりせぬよう気をつけてもいるのだが、ひとびともまたわちがおかしな発言をして世相が乱れたりせぬよう気遣いをしておる。
手間を掛けさせてすまぬ、と常々思うておるのじゃ。
が、今日は対面にひとり。
が、圧が凄まじい。
「お昼、一緒でもいいわよね」
里見光代氏であった。
「あ、はい」
ひとびとはいつものとおりに集まろうとしておったのじゃが、
「ごめんなさい。駒込さんと久しぶりに会うのよ。ちょっとふたりだけでお話させてもらってもいいかしら」
と、よく通る、エッジの効いた声で発令する。力のあるひとの声は、時に形を持つものである。
そんな声はひとびとに影響する。揃って、
「どうぞごゆっくり」
単に厄介事を回避しようとしただけかも知れんがな。
「あら、菓子パンふたつなのね」
「う、うん」
「私のお弁当から摘んでもいいわよ。お母さん、いっつも多めに作ってしまうの。きっとこんなふうに、お裾分けをするように、だったのね。残しては悪いと思うから一生懸命食べてたんだけど、最近気づいたわ」
「そ、そう、あ、ありがと」
良いご家庭なのだろう。閉ざされた世界に住むわちとしては食べたいとは思わんかったが、断るのもいかがなもんじゃろうか。
「はい、ああん」
逡巡の目前に、卵焼きがつまみ上げられている。
「え、ええっ」
こういう形式で餌付けされるのは幼少以来であるからして、戸惑いを感じざるを得ない。
「おいしいわよ。ほら、ああん」
教室のドアがばん、と音を立てて開く。
「ちょっと待って。いくらおんなじ教室だからって、していいことと悪いことがあるでしょ」
乾氏がドアの間口の中で両手を広げて大の字になっておる。いや、口の中に大だから因の字と言うべきじゃが。
「あら乾さん、久し振りね。あなたも食べる」
冗談半分という感じで差し出された卵焼きに、箸ごといったろかという勢いで喰い付く乾氏。
「相変わらずお母さんの卵焼き、美味しいわね。初心ももらうといいよ」
初志貫徹という言葉を知らんのかこの主人公格は。それとも、この臨機応変縦横無尽な姿勢が、ラジコンに向いているのかも知らん。
「そうね。同じ卵焼きを食べた仲なのよ、乾さんとは」
言いながら、でもわちに再び卵焼きを差し出す気配はない里見氏。
興が冷めた、というやつじゃろうな。
いや、わちとしてもじゃあ頂いてみようかなという気持ちになったわけではない。大量生産菓子パンの甘さを噛み締め心を落ち着かせる次第である。
わちはちらちらと両者を見比べ、乾氏は里見氏を睨みつけ、里見氏は過去を見るように窓の外を見る。
「元気だった」
石の上に落ちる水滴のような、里見氏の一言。
「うん」
応える乾氏から、警戒の色は消えない。
「ラジコン部に入ろうと思うんだけど、いいわよね」
「あたしには何とも言いようがないよ」
「そう。なら、よろしくね」
「うん」
「駒込さん、初心さんって呼んでもいいかしら」
「は、はい」
「乾さん、かっこいいでしょ」
「う、うん」
かっこいい、と思う部分はあるからこその主人公扱いではある。わちのかっこいいと里見氏のかっこいいは意味が大変異なっているのであろうとはわかる。
「私はね、乾さんが大好きだったの」
「は、はあ」
な。異なっておるのじゃ。
「何を言い出すのよ」
呆れたような乾氏。
どうにも対応に苦慮する部分はあるのじゃが、不思議と里見氏の言動から悪意は感じられなかった。だから余計わけわからん、ともなるのではあるが。
昼休憩の終了を告げるベルが鳴る。じゃあ、放課後ね、とわちの肩を叩いて去る乾氏。ではまたと立ち上がる里見氏。なんとなく形にならない言葉で両者を送るわち。
言いたいことがあるとするなら、平穏で穏やかなお昼休みを返してくれ、てなところじゃろうか。
まったくもう。




