第二十話 パワーソース、って言いたいですよね。バッテリーとか、モーターとか、なんか普通でかっこよくないですもんね。
そうさな。
乾三乃氏の過去にはさほど興味はない。
乾氏だから興味がないんじゃなくて、なんにしろ興味が向かぬ。寝食以外に執着は持たぬ。
というような内容のお話を、部活へ向かう途上、も少し柔らかめにさせていただいたのだが、主人公ともなると動じない。
「食べることと寝ること。大事よね。初心はそこも執着しないんじゃないかと思って心配だったよ」
気遣われてしまう始末。
従って、これもさして興味があるわけでもないが、ラジコンについての話をせざるを得ないのじゃ。
「なんだか不本意そうな」
「そ、そゆわけでもないのだけど」
「すこしは、楽しくなってきたかなあ」
「う、うん。まあ、うん」
「あはは、無理しなくていいよ。あたしに付き合ってくれてるんなら、それで嬉しいのよ」
「そ、そう」
部室の扉を、乾氏に続いて潜る。気分としては見学の時と変わりがない。面白半分で余計なことはするべきでない、引き返した方が良い、行きはよいよい帰りは怖い。
結構な勢いで運動したあと、
「駒込さんには、今日はバッテリーについて学んでもらおうかと。以前にもちょっと話したけど」
と、船戸園子先輩に言われたのじゃが、大会に出てしまった身としては今更感が湧いてしまう。どこかで、クルマは走るのが当たり前と認識しておった。
が、現実には走るようにしてもらっていただけだ。わちは何も分からん。従って「え、今更」とは身が裂けても言えぬ。わかりましたと素直に応じる。
「三乃っち、今日はサーキットで実践、と行こう。部長の許可も取ってあるし」
都筑佳苗先輩が乾氏を誘う。乾氏は部長を見、わちを見てからため息を付き、わかりましたと支度を始める。
常に走りたいというわけでも、ないんじゃろうかなあ。
「さて、話を戻そう。ラジコンのバッテリーにはいくつか種類があります。これが、きちんと分類しようとすると大変なのよ」
「は、はい」
「ところで駒込さんは、乾電池は使ったことはあるでしょ」
「え、まあ」
あるけども、細かいことは分からんぞ。単三と単四はリモコンとか時計とかで使う、単一単二はでかくて区別がつかん、ボタン電池は小さくて区別がつかん、9Vは四角くて仲間外れ、くらいの印象しかないのじゃが。
という話を、も少し真面目にしてみた。
「あら、結構詳しいじゃない。私もそんな程度だわ。ともあれ普通の乾電池も沢山種類があって、買い間違えたりすると大変だけど、ラジコンのバッテリーもいろいろと種類がある」
と、ここまで園子先輩が話したところで、直近に部長がやってきて、走らせていたミニッチのプロポをいじくって電池を取り出す。
あれこれやばげなものをいじるにしては、整った指先じゃのう。
「これ、何に見える」
「た、単四乾電池」
「そう見えるわよね、同じ大きさ、同じ形だもの。でもね」
がらっ、といきなり部室の扉が開く。
「部長っ、その距離は近くないですか。あと、電池の説明は園子先輩がしているんだから、部長は口出さなくていいんじゃないですか」
と、乾氏であった。あまりの剣幕なので心臓がぎったんばっこんしてしもうたがな。
「あら乾さん、つまり私も一緒にサーキットいかがですかと誘いに来たのね。ちょっと待っててね」
「いえ、そういうわけでは」
部長は構わずミニッチを置き、大きいラジコンとプロポを持って、乾氏を押し戻すように出ていってしまう。
「あっあっあああ」
と、乾氏の困惑と恐怖が入り混じったような声が耳に残る。
「やれやれ。ごめんね」
「い、いえ、大丈夫っす」
誰が悪いわけでもないが、一番悪くない園子先輩が謝罪するわけだ。理不尽よのう世間てものは。
「では、中身について気にしたことはないんだよねえ」
「あ、や、は、ないです。中身、違うんですか」
「違うのよ。普通に安価で出回っている電池は、大きく二種類、マンガン電池とアルカリ電池に分けられます」
それなら、なんとなく分かっていたような気がする。なんとなく地味なパッケージで売られているのがマンガン、派手に「我はアルカリ天下を統べる者なり」などと謳っているのがアルカリ、従って予算が許せばアルカリ貧しておればマンガンという認識で購入しておった。
とはいっても大した価格差ではないから、より良いものがよかろうと考え、より高性能らしいアルカリしか買ったことがない。
「それがね、性能が違うから用途も違うんだ。これ、案外知られていないんだけど」
「え、違うんですか。最新版と型落ち廉価版くらいの認識でした」
「それぞれ特性と弱点があってね、マンガンは時計とか家電のリモコンみたいな、弱い電流で長く使い続けるもの、アルカリは短期間に大電力が必要な、それこそラジコンとか、ええと、ちょっと待って」
と、園子先輩はスマホを取り出す。
「間違ってたら大変だから、確認するね。うん、そう、モーターを使うものとか、ガスコンロ、だって。安定して大きな電流を使うもの、がいいんだって」
「は、はあ」
「アルカリ電池って、マンガンと比べると液漏れしやすいんだって。ええと、液漏れって言ってもわかんないよね」
「あ、あ、でも、古いおもちゃで電池ボックスが、宇宙生物に侵食されたあとみたいになっているのを見たことならあります」
「そそ、それ。危ないんだけどね。マンガンは液漏れしにくいから、長い期間使う場合はマンガンがいいという意見もある」
「は、はあ」
「でも、使う機器には明記してあるはずだから、確認してから選んでください」
「わ、わかりました。じゃあ、ラジコンはアルカリを使ってるんですか」
「いや、それとこれとは全く関係ない。ここまでを踏まえてラジコンで乾電池を使うなら、アルカリを選ぶべきだろうけど。あと最近は、リチウム電池というのもあって」
「え、え」
「いや、あのね、馴染みのないラジコンのバッテリーと身近な乾電池を対比させて説明すればわかりやすくなるかと思って調べてみたんだけど、ぜんぜん違うものだから対照物として全く役に立たなかった」
「あ、あら」
「でも、知っておいても損はないでしょ。乾電池を買うときに、ちょっと思い出してもらえると、つまらない事故が防げるかも知れない」
「そ、そうですね」
「あと、そんなときに、私のことも思い出してもらえると、すごく嬉しい」
「あ、はい、え」
また部室の扉が、地獄から響く咆哮のようなけたたましい音を立てて開き乾氏登場。
「園子先輩園子先輩、最後のそれ、必要ですか。電池だけ、バッテリーだけでいいんじゃないですか。アルカリとマンガンは混ぜちゃいけないんだから、個人的な感情も混ぜちゃいけないんじゃないですか」
筋が通っているのかどうなんかようわからんち。
「いやごめんごめん。ま、メーカーが違うのも、新しいのと古いのも、指導と下心も、一緒にするのはよくないよな」
「分かっててやったんですか、やったんですね」
更に詰め寄ろうとする乾氏を、部長と佳苗先輩が両側から抑え引きずるようにしてどこかに持ち去っていく。多分サーキットなんだろうけど。
「ああ、初心、初心ぃ」
と、主人公格の叫び。
「大丈夫大丈夫」
佳苗先輩が宥める。
「園子はそんなひとじゃないから」
部長の無茶な言い訳。
「そんなひとみたいなことしてたじゃないですかあ」
ドップラー効果の中に霧散する乾氏の声。
「実はこの形の電池の中にはもう一種類あって、充電ができるものがある。あ、アルカリとかマンガンとかリチウムとかで売られているものは充電はできないので、ここは十分気をつけて欲しい」
「わ、わかりました」
「この、ミニッチに使われているのは、ニッケル水素だ。充電できる電池には他に、リチウムイオンがある。リチウム電池と混同しないようにね。充電できない電池は一次電池、出来るものは二次電池、などと呼ばれている。形が同じだから、乾電池とまとめて呼んでしまう場合もある」
うむ。
なるほど。
現実はわちが思うよりも複雑に構成されていることを今、改めて思い知らされた次第でごじゃる。
「とまあ、行き当たりばったりに調べたことを並べてみた。あんまり関係なくてごめん」
「い、いえ」
実生活で役に立つと言えばそうだけど、じゃあそれを部活でやる必要があるかと問えば疑問が残る。
でも、何かを知ろうと思えば、いるものもいらんもんもついてきちまうのは、なんであれいつものことじゃろ。
「ではいよいよ、ラジコンのバッテリーの解説に入る」
「いくらなんでも長すぎるわね」
と、部長。
「わたしはちっとも喋ってないじゃん」
と、佳苗先輩。
「ロスが。初心ロスが」
と、憔悴したような乾氏。
うむ。
場を改めたほうがいいかも知れんのう。




