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第二話 電源を切るときは、車体の方からですよ。


と、わちがそのラジコン部とやらの扉を開いたとき、なんだかもういたたまれないほど完璧な空気の中にあった。


あきらかに、入りのタイミングを外していた。


「あっあっあ」


声が漏れる。わちの。


部室の中には四人いて、もう役割は完璧に決まっているようだった。なんなら、役割に合わせてお話が進んでもおかしくないような雰囲気であった。


「にゅ」


ひとクラス上な雰囲気を放つ、明らかに部長な感じの姉ポジが、妙なトーンで言葉を発しかける。


「あっあっあ」


またわちの声が漏れる。あの、無理に、無理に絡まなくてもいいのですよと言いたかったのだけど言葉が出てこない。


「入部希望者だね。ふむ、よろしく」


「あ、はい、はいはいはい」


「じゃ、んじゃこれ。ここに名前と必要事項を書き込んでね」


部長を正面に見て下手にいた、うお、と仰ぎ見てしまいそうなほど巨大な存在が紙切れをちらつかせる。魂の売買契約書かと思ったが、入部希望者管理のための書類であった。


書かねばならぬ、という逃げ道のない状態で書き込んだから、魂の売買契約書と変わりがなかったかも知れない。


わちは、わちはねと、書き込みながら心に棲む誰かに言い訳を始める。


泣きながら。


わちは絨毯爆撃みたいにあれやこれやの部活を覗いてみたかっただけなのよ。構ってもらえるから。


ラジコンの経験年数なんてないのよ。経験どころか興味もないのよ。


興味のある無しを問う欄はなかった。


二度三度とシャーペンの芯を折りつつもどうにか書き終わって、ふうと息をつく。


おかしな間が空いてしまう。


明らかにいじりキャラと思しき先輩格が、周囲の顔を見回したあと、自分の役どころというか与えられたものを思い出したように表情を改めて、わちが書いた書類に手を伸ばし、読む。


「駒込、初心者ちゃんか」


「あや、あいや、こま、こまごめ、はつみと読んでください。駒込初心です。初心者の者、は書いてないです書いてないです」


「ああ、ああああ、ああ、ごめんごめん。んじゃ、初心ちゃんは初心者じゃないのね」


「しょ、初心者は初心者でござります」


興味もないのでございます。


「あ、ああ、そうなの。んでもまあ、一からしっかり教えるからさ、がんばってこね」


「はい、はいはいはい」


取り繕いの返事をしている間も、わちの全身は鋭い視線に何度も何度も刺し貫かれている。


全部わちが悪いのだけど、全部わちが悪いのだけど、でも断りたくても断れないときってあるじゃない。まさかこんないい加減な、足元の定まらないわちというキャラクターが、こんな場面に出くわすとは思わないから。他の部だったら、まあこいつは冷やかしだなって思われて、適当にあしらわれてたから。入部希望者かどうかなんて、確認すらされなかったから。気が向いたら入部してねなんて社交辞令で追い出されて終わるだけだったから。


だからお願い、そんな目で見ないで。


わちをあわよくば視殺せんと出力百二十パーセントアイパワー全開で狙い撃っているのは、明白に新入生キャラの、新入部員キャラの、もしかしたら主人公キャラ。


「ラジコン、これから始めるんだ」


彼女が喋り始めると、やれやれどうなることかと思ったあとは知らんと言った体で、先輩キャラたちは散ってしまう。


わちはこれから、ひとりで、手助けしてくれそうな人物もなく、主人公キャラからの尋問を受けるということなのか。


「う、うん。なんかこう、中学校の部活でやってるのをみてて、なんかこう、いいなあって思ってて」


虚実ないまぜではある。


ほんとのところを言えば、他の体育会系みたいに、勝利のために死ぬような目に遭わせられるのは勘弁であったし、そもそも運動音痴である自覚があった。文化会系はといえば素養が必要であって死んだって手に入るものではない。そんなわちのテストの点数が高得点であるはずもなく、ようするにうだつのあがらねえしがねえしけた野郎であった。


そんなさんぴんにしてみたら、指先の動きだけでどうにかして、勝った勝ったと称賛されるラジコン部は、手の届きそうな世界ではあった。


あれならわちでも出来んじゃないの。


おもちゃの車がちょこまかと走り回る様子を見て、そんなことを思わないでもなかった。


が、ラジコンにはお金がかかる。


わちのうちはあんまり裕福ではなかったし、ラジコン部は地区では強い方らしかったけど、お金持ちのコミュニティみたいのがあって、代々戦力を維持しているらしかった。


いや、ほんとのところはわからんけども。


加えて言うならそこをなんとかしようとか、親に懇願するとか、親戚にすがるとかいう熱意はなかったし、熱意以前にそもそもどこか向いてなさそうなものを感じていたのかも知れない。


ま、接点と言えばそんなものであり、因縁も憧れもまったくないと同然である。


至近距離でわちを目で殺そうとしているラジコン愛好家からしたら、あらやだどこの家の猫かしら猫の外飼はやめてほしいわね猫のためにもよくないのよねえと言いたげな雰囲気になるのは、わちには理解できるものではあるのだ。


だからまあ、迷惑をかけるかも知れないし、気の迷いでしたすいませんでしたと早々に幽霊化しようどうぞどうぞ皆さんでお話を進めてくださいと考えながらの出任せであった。


「そ。んじゃ、頑張ろうね」


主人公キャラは言った。


それを聞いて、わちは呆けていた。


「あたしは乾、三乃。よろしく」


「あ、あ、わ、わちは、わちは」


いつの間にか先輩たちも戻ってきて、笑顔を向けている。


「歓迎するよ」


と部長。


「必要なものは揃ってるから」


と巨大な先輩。


「初心のはっちゃんは八の字走行からだな」


といじりの先輩。なにかうまいこと言ったらしくみんな笑ってるけど、わちにゃ何のことやらさっぱり。


でも、受け入れてもらってなんだか幸福で、感動で、嬉しくて泣きそうだった。


でも、泣かなかったのは、そもそも無関係なところに足を踏み込んでしまったが故であって、受け入れてもらったからよっしゃ、やったるで、まかしんしゃい、という気持ちになるものでもないのであったから。


てな感じで、確たる意志を持たないがために、わちはラジコンを始めることになった。


それは覚悟以前の問題であって、聞いてもらうのに憚る思いもあるのだ。



ラジコンはお金がかかる、と感じますか。いかがでしょうか。


作中人物たちは高校生ですから、資金的にそれほどの余裕があるとは考えにくい。まあ、ここはラジコンが盛んな世界なので、ある程度芽がありそうなら助成してもよさそうですけども。


筆者は数ヶ月で十万円を超える金額を支払いました。よい歳が購入するにはほどほどレベルの車両が二台とプロポが一台ありますから、妥当だとは思います。サーキットにも通うようになってしまったし。


それでも、収入に対して使いすぎかなと言う気はするんですけどね。


ただまあ、なんであれ、趣味にお金がかかると感じるのは、無理からぬことかな、とも思います。無くても構わんと言えば構わんのだし。


いささか突飛な結論になりますが、ラジコンはそれなりの需要があって、それなりかなりの金額が動いている。


なかなかおもしろい産業なんじゃないかと、初心者は感じているのです。

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