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第十九話 サーキットに行くと楽しいですが、楽しめないこともあります。そんなときはひとりでどこかで走らせてみると、楽しいラジコンを失わずに済みます。




「久しぶりという気がしなくもないのだけど、毎日あっているのよね。わたしたち、冷え切った間柄ではないのよね」


と、詠美。あたしもなんだか懐かしい感じがしてしまう。


「だいじょぶだいじょぶ。愛はちゃんとあるのよ」


「そか」


詠美は比較的あっさりと感情を収め、スマホを取り出す。


「ファイルがすぐいっぱいになってしまうので、整理をしないとね」


「愛より仕事か」


「愛がないと仕事にならないのよ」


「たくさん撮るの」


「撮ってしまうねえ。動きのあるものなら連写してしまうから」


「連写か。そう言えば、そんな機能があったねえ。あのさ、連写しちまうと動画でいいんでないのって気持ちになるんだけど」


「なんてことをっ」


「えっ」


「愛は、やはり愛はもはや」


「それもういいでしょ」


「うむ。それは写真家の間でも意見が分かれるところだ。良いところに目をつけた。褒めて遣わす」


「褒められちゃったよ。で、どんな感じに分かれるのよ」


「まあ基本的に少なく済ませるひとは、たくさん撮るひとを軽く見がちだよね」


「なんとなくわかる、かな」


一撃必殺という言葉があるではないか。省エネルギーが尊重される世の中ではないか。


「そうそうそう、その省エネルギーってのも関わってる。昔はね、写真撮るってのは大変だったのよ。沢山材料が必要で、時間もかかって。短時間で何枚も撮影できるものではなかったのね」


「ははあ。さては大化の改新か」


「よくわからんがそれほど昔ではない。んなもんだから、必然的に撮れる枚数が少なくなっちゃってた、少なく済ませるように撮影する癖が付いちゃってるというひとも、いる」


「ほう」


「まあでもこれは昔の話で、もうちょっと心情的なところで是非を言う場合が多いね。何枚も何枚も撮ったらそりゃいいものがひとつくらい当たるだろうさ、とね」


「鉄砲が下手ならマシンガン、というやつだな。まあ、わかる。同意見だ」


実際には上手なひとが連射するわけだが。


「連写する側は、実利的な、現実的な判断によるところが大きい。例えば、予測不能な動きのあるものの中から、決定的な一瞬を取り漏らすまいと思えば、連写したほうが確率が高い。スポーツとかさ」


「だから、動画でいいではないかと、動きを丸ごと取れりゃいいじゃん」


「あのな、お嬢さん」


「あら、なにか粗相があったかしら」


「動画をだだっと見て、何かがあなたの中に残るかい。残るものがあるのかい」


「いやまあ、そりゃなんとなくは」


「その動画の中の、決定的な瞬間を、頭の中で写真にしてご覧」


「えっ、あっあっあ」


倒壊するビル、転倒するクルマ、ボールを捉えるバット。瞬間の映像が、とめどない流れの中にあった場面があたしを圧倒する。


恐怖でも、驚愕でも、脅威でもなく、ただそこにある現象があたしに衝撃を加える。


止まった世界があたしを打ちのめす。


「どうかね」


「なんか、余計なものが遮断されて、大事なものだけが残ってる気がする」


「人間の頭の中には、動画が持っている膨大な情報は入り切らないのよ。動画のひとコマ目から最後まで覚えてはいられないでしょ」


「ん、そうだね」


映画のワンシーンとなると結構長めに覚えていそうだけど、映画はそもそも情報を選りすぐっているものだろう。


「テクノロジーが進歩すると、専門家しかできなかったことが誰でも、いいところまでは出来るようになるものです」


「はい」


「スマホの連写もそのうちのひとつでしょう。そもそも写真自体、誰でも撮れるものではなかったものがこんなに身近に。おっ、いいねえ」


すい、とスマホのカメラがあたしを狙う。詠美とあたしの間であれば一向差支えはない。Vサインばかりでは芸が無いから右手の人差し指を可愛らしく立ててみたのだ。


「またファイルを圧迫してしまった。そしてどの画像も消すことができない」


「それはわかる。捨てられないよ」


ごついケースを持って、詠美はまた部活へと向かう。


あたしも席を立つ。


「あ、初心、はっつっみっ」


「は、はいはい」


相変わらずびくびくとした小動物のような反応。あたしを待ってたんじゃないの。


さて、こないだの邂逅をどのように説明したものか。


里見光代ちゃんとは小学校三年生で同じクラスになったんだよね。


あたしが引っ越ししてきて、最初の友達のうちのひとり、だった。


仲良したちはみんなラジコンをやっていた。


と、書き始めたのだけど、あたし程度の人生の過去話なんて面白いだろうか。


自分語りってのは揶揄されるもんじゃないかしら。


そもそもあたしはこれを初心に伝えたいのか。


聞かれてもいないし。


初心は、過去話まで聞いてやろうと思うほど、あたしに興味はないはずだ。


もちっと、また今度にしよう。


で、初戦突破の我が蒼が竹高校ラジコン部は、ちょっとした話題の中心にあった。


基本的には地味な地方予選だし、地元の愛好家同士の間で多少、世間話の種になるくらいのものだろう。季節の折々に、今年はどこそこが強いねえみたいな話を、大人同士がしていたなあそういえば。


そんな程度。


そんな程度であるから、声を掛けられるとか、サインしてくださいとかはおろか、入部希望者もいなかった。ラジコン愛好家の成れの果ての教師が、今年は調子良さそうじゃん頑張れよとかと無責任に応援してくださることはあったが。


そんな感じの、何にもないよねってな雑談をしていた。


「入部希望者は増えてもいいわよね」


と、部長。外は雨。


通常スケールの屋内練習場までは設置されていなかった。木佐貫香織部長の説明では、体育館が空いていれば使えたらしいけど、空いてることがない、ましてや雨なら取り合いになる、と。


「それに、オイルこぼしたりしたら滑って危ないでしょ。禁止にしたほうがいいですよって言っておいたわ」


部長はどこまでも公正なのだ。


「運動部優先が前提なのが気に喰わんと言えば気に喰わんが」


都筑佳苗先輩の憤慨はご尤もではある。


「人間が走り回るために建てたんだもの、人間優先でいいじゃないか。それに私たちにはミニッチがあるし」


船戸園子先輩はやんわり。


部長に戻る。


「ちょっと、相談したいことがあったのよ。学校に対して、ラジコン部取材の依頼があったらしくて。学校としては、宣伝になるから協力したい部分もある、でも生徒の生活に影響が出るなら駄目だと」


「香織のしたいようにしなよ」


と、佳苗先輩。あくびが混じっている。


「私は、程度による、かな」


と、園子先輩。


「一年生ふたりはどうかしら」


あたしと初心は顔を見合わせる。


「あたしは園子先輩と同じです。部活とか学校とかを紹介してくれるのならいい気がするけど、個人の顔や名前が出るのは」


と、いうことですよねと園子先輩を見ると、頷いている。


「わ、わち、私もおんなじです」


と、駒込初心。部長が続ける。


「ありがとう、私も同じ意見です。でもこの先、県大会、全国大会となってくると、いやでも注目を集めるかも知れないわ。何かあったらすぐに言ってね。勝手にやり取りしないでね佳苗」


「な、なにを。わたしはこう見えても用心深いんだ」


これは本当かも知れない。地区大会ではそんな意外な面を見たような気がする。


「では、部活動を始めましょう。スクワットを五十回✕2、腕立てを五十回✕2。とはいえ、時間をかけていいし、出来る限りで」


部長以外の一同、声を揃えて、


「えええええええ」


「あら。トーナメントやってみて、どうだったかしら」


勝ち残るということは、それだけ長い間緊張していなければならない。


当然、消耗する。


帰路はみんな、いや、部長以外はみんな、でろんでろんだった。


「もっと長引く場合もあるし、基礎体力はあったほうがいいわ。もっと言えば、人生においても」


みんな神妙に聞いている。あたしも、御高説のとおりだとは思う。いろいろと整っていないと、クルマもなかなか調子よく走ってくれない。


が、何かとひと並外れているひとの人生訓が参考になるだろうか、とも思う。





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