第十八話 一般的なラジコンサーキットには、この道何十年とかいうひとも普通にいます。ブランクがあったりするんですが、子供の頃の経験値って、単位が違う気がしますねえ。
と、好き勝手を言い散らかしているような主人公格だけども、彼女なりに勝利の余韻を楽しんでおるのじゃろうな。勝ちには慣れているんだろうけど、関わるひとや場所、ものが変われば印象も変化するんじゃろかな。
部員一同集まり、やあやあやりましたな成し遂げましたな、あなたがよかった、いやいやあなたがよかった、いやいや、滅相も、という生ぬるい雰囲気の中で、みんな自分のおかげでこの結果が得られたんだと言いたそうな奥付のある気配の中。
そこに、明らかに他校の制服が、乾氏の背後から近づいてくる。
うっ、この禍々しいオーラは。
そんな類型を漏らしたくなるような雰囲気。
そして発せられる言葉。
「乾さん、久しぶり」
「あ、うん、久しぶり」
いつも落ち着いている乾氏だが、このときはなんだか、狼狽というものが感じられておったな。
他校の制服はわちらにも如才なく挨拶をして、二言三言乾氏と交わし、最後に会釈して去っていったとさ。
「おしまい」
「い、いや、終わらんでしょ」
えと、なんしとったっけかな。
そだ、主人公んちのサーキットにいたんだった。でもまあ、変わったこともなかったよなあ。あ、あったなあ。
日が傾きかける頃、ここらあたりで暇を告げようかと間合いを取りつつ出されたお茶を飲んでいると、
「ちょっとまっててね」
と奥に引っ込む乾氏。
「お土産をね」
と出てきて、ラジコンを二台、わちの前に並べる。そしてまた引っ込む。
「お客様にね」
また二台。
「持って帰っていただこうかと」
三度現れ、合わせて六台。
いやいやいやいや。
「あ、あ、あ、も、も、も」
「え、嬉しくて声が出ない。んなわけないよね。初心はもらっても困るだけだとは思ってんだよ。興味ないだろうしさ」
「ま、ま、ま、や、や、や」
「なるべく気に入ってもらえそうなの選んだんだけどね。好意の押しつけは迷惑だろうけどさ、でもさ」
「あ、あのね、そうじゃなくて。気持ちは嬉しいし、頂けるのも嬉しいのよ。もはや興味がないとも言ってられないから」
「ああそうね、あたしのせいだねごめんね」
「い、いや、楽しんでもいるから。でもでも、これ、高額商品でしょうわちの、私のお小遣いじゃとてもじゃないけど手が出ないでしょう」
「んまあ、そうだろうけど、言ってみればお古だし。ねえ初心」
「は、はい」
「一人称、わち、のほうがかわいいよ。わちでいいよあたしの前だけでもさ」
あのな、それどころじゃないやろが。
「お、親が見たら、なんなのそれって聞くでしょ。拾った、盗んだ、もらった、産んだ、はい、あなたならなんて答える」
「あはは、産んだって、初心ぃ、あはは」
「わ、笑てる場合かい。一見したらややこしげな物体なんだもの、結構な価値のあるものだと親でもわかるよ。どう答えたって詰問されるに決まってるんよ」
「そか。まあそうだよね」
「わ、わかっててやったんかいな」
「いんや。あんま先を考えなかった。したいことをしてやって満足してる。あたしはあたしの好きなものを初心に差し出した。満足だ」
「の、脳の中を漏らすのやめて」
「現実問題として、自分のクルマを持つのは難しいでしょ」
「そ、それはまあ」
「部活は部活で用意してくれるだろうしさ。持って帰れないなら、ここに置いといて、んで、走らせるといいよ。自分のクルマがあると、また感じが違ってくるよ」
「そ、そかな。そういうことなら」
とは答えたけども、わち自身にはもらった喜びよりも戸惑いのほうが大きかった。
そんなに、好意を寄せられるような人間じゃあないよ。
味気ない話をしてしまえば、主人公のものが主人公の家にあるのだから、それは主人公のものだ。借りるという感覚は抜けきれまい。
わちと好きなものを共有する、わちも乾氏が好きなものを大切にする、そんな境地に至るとは思えない。んじゃけども。
「どれにする。他にもあるから、選んでもらってもいいんだけど、初心に似合いそうなの持ってきた」
「あ、ありがとござます」
「似合わなさそうなのも持ってきた。読み間違いってあるからさ」
「あ、うん、いたられれいつくさられいで」
正直わかんないし、どれでもよかった。選ぶだけの目がないのだし。でも、選んでくれたんだから、わちは真面目に考えた。
むむ。
なんか、四角い箱みたいなバスみたいな車体に、莫迦みたいにでかいタイヤがついてるのをひとつ。
「あらお客さん、お目が高い」
「お、恐れ入ります」
「いいよそれ、おもろいよ」
「へ、へえ」
「もひとつ選んでみて。あれこれとっかえひっかえしてもいいんだけど、練習には決めといたほうがいいからねえ」
「お、おう」
「一応決めといてさ、たまに味見するのがいいのよ」
「ほ、ほう」
もう一台は、なんというか、クラッシックなデザインの丸っこいクルマ。色鮮やかで目についた、というのもあるのじゃが。
「ああ、それ選んでくれるんだ。嬉しい」
「え、ええ」
「こんな日もあるかなと思って、初心に似合いそうな感じに塗ってみたのよ。嬉しいなあ」
ピンク地に赤い花びらが散りばめられていて、一見かわいいのだけど、見ようによっては血しぶきのようでもある。
ともあれ、他のラジコンがどれもこれもなんとなく地味だったり、ごちゃごちゃなんかわけわからん文言が書き記されていたりしていまいちであった。
選ぶとしたらこれしかなかろう、という雰囲気が既にあった。
それでも、嬉しいもんなんだな。
「実はね」
「ん、うん」
「以前にも、こんなことをしたんだよ。仲良くしてた友達が、ラジコン始めたいって言ってたから、うちにいっぱいあるよって。けど、その子と色々あってね。ん、その頃はその子だけじゃなくて、他にもいろいろあったんだけど」
「そ、そう」
詳細を話したくないと言うより、どこから話したらいいのかわからない、という感じを受けたが、どうじゃろか。
「で、あたしは外でラジコンしなくなっちゃった。正確に言うと、誰かと一緒にラジコンするってことができなくなった」
精神的なものか。なにがあるとそうなるのか、詳細を聞いたところで理解はできなさそうな気がする。
「その子とは喧嘩したんじゃないんだけど、その子が家に来ても、ラジコンだけ渡して、あたしは他のことをしてた。そんなことされたら、変に思うよね。そのうち来なくなっちゃって、彼女は卒業と同時に引っ越ししちゃった。さようならも言えなかった」
乾氏は、わちとの間を隔てていた、飲み物の載ったお盆をどかして、頭をわちの腿の上に落っことしてくる。
やべえ、おならしちまったらどうすべ、と緊張する暇はなかった。
切ない話ではある。癒やされたいという気持ちもわかる。
わちには友達がいないが、局面ごとに馴れ馴れされることは多かった。わちごときが相手だから、みな油断しておるのだ。
乾氏がその時の埋め合わせをしようとしているのなら、わちは随分と都合よく利用されたものだ。
でも、腹は立たん。
わちみたいな無能でもなんかの足しになるつうなら、腿の一本や二本くれてやらあ。
てなことがあったが、あれは伏線だったんじゃなあ。と、ここで周回遅れの時間が追いつく。
「い、今のが例の」
「うん、まあ、そう」
見送る乾氏には、未練が残っているような雰囲気にも感じられる視線。ま、また仲良く出来るようになればめでたしめでたしじゃ。
「また始めたの、って言われた」
「そ、そう」
「やめたんじゃなかったの、って言われた」
「は、はあ」
「がんばってね、って言われた」
「ほ、ほう」
あまり友好的なやり取りではないように感じられる。再開の場面は、断絶した時間を甘美に彩るようなもんじゃなかったらしい。




