第十七話 サーキットでは同じことを繰り返さなければなりません。みなさん、よく集中力が続きますね。
うん。
初心といると、楽しい。
大会はつつがなく終わった。
つつが、は、恙、と書いて、病気や事故などを指すらしい。それがなかったから、つつがなくと言うらしい。
あちこちでクルマがぶつかり、コースから飛び出し、快走が永遠の沈滞へと転落し、悲鳴が上がり、泣き笑いあり、歓喜と悲哀がミルフィーユ。それをつつがなくと言えるか。阿鼻叫喚が響き渡る地獄のような絵図面、これがつつがないなら、つつがあるってなんなのよ。
と、言いたくなったけど、ここらへんの暗黒面は、レースという場では起きて当然の出来事ではある。そういう意味ではつつがない。
うむ。
結局、つつがないなんて世の中はないと、あたしは結論することにする。
そんなあたしは結論だけ言うのが好きだ。
結論だけ言ってしまうと、県立蒼が竹高校ラジコン部は、トーナメントを一位で通過した。
「やあ、地区大会突破は三年ぶりらしい。乾さん、駒込さん、ありがとう。ふたりのおかげだよ」
穏やかな園子先輩が、穏やかなりに息を弾ませている。
この一年の思いが募っているのだろう。
賑やかな佳苗先輩が静かなので訝しんでいると、離れたところでハンカチで目の辺りを押さえている。
「もしかして、泣いてるんですか」
「う、うん」
「え、もしかして、嬉しくて、泣いてるんですか」
「う、うっさいなあ。も、も、も」
佳苗先輩はあたしに抱きついて嗚咽。
「もう嬉しくて嬉しくて泣く。ああん。ふたりともありがと。ああん」
「よ、よかったですね」
やはり賑やかなひとなのである。
生来の性格というものが大きく影響しているのはもちろんだけど、この先輩ふたりの反応に違いがあるのは、大会での物語が影響している。
そもそも勝ち負け自体に執着する部分が少ないように見受けられる園子先輩は、自分が描くラインをトレースすることが第一目的、であるように感じられる。
それを御本人が意識しているかどうかはわからない。部員のひとりとして、大会参加者として、勝たなきゃならない、とは思っているんだろう。
責任感は強いひとである。
けど、目先に勝ち負けにとらわれないということは、勝とうが負けようが落ち着いて受け止めることが出来てしまう。
対して佳苗先輩はどうか。
諸々が楽しくてラジコンやるひとである。うまくコーナーが抜けられれば嬉しい。相手より先にゴールできたら最高に嬉しい。それができなければもうどん底に大がっかり。
その感情の振れ幅も楽しくて仕方がない。
そんなふたりが同じチームにいる。
そんなふたりが感じるプレッシャーはどうなるか。
いや、事象の受け止め方の問題と言うべきか。
勝ちたいという気持ちが希薄に感じられれば、んじゃ自分が勝たなくちゃな、となるのがチーム戦である。
星を取らなければ先に進めないトーナメント戦である。
そんな前提で、佳苗先輩は負けてしまった。これはもう単純に相手が速かった、上手かった。だから仕方がないと思う。
駒込初心に勝ちが期待できないという評価は、彼女が勝ったあとでも変わらない。
佳苗先輩としては、自分が負けた時点で大会終了だ。
絶望だ。
終わった、終わってしまった、と書いてある顔で、いやあのひと速いねえあはは負けちったと笑って見せる佳苗先輩であった。
抱きしめてあげたくなるほどの健気さであった。
そんな状況であっても、園子先輩は何事もなかったように自分の理想のラインを描き続ける。
まるで勝つ気がないようにすら見える淡々とした走り。
が、相手のクルマにぴったりとくっついて離れなかった。
抜けないのならせめて、ということだったのかも知れない。
そんな先輩を気にして、相手は自分の走りができなくなった。周回を重ねるたび、細かいミスが増えていく。
ストレートを早めに全開で駆け抜けて引き離そうとしたのだろう。コーナー脱出後の立ち上がりでよれたクルマは、体勢を整えきれないまま園子先輩にすり抜けられ、ストレートのおしまいでコースアウト。
「や、やったじゃん。やるときゃやるってやつだな」
と、佳苗先輩は見るからに気の毒な強がり。
「うん、ありがとう」
園子先輩は笑顔。
「おめでとうございます」
と、あたし。先輩だから褒めるのもおかしいし、お祝いする。
「嫌な勝ち方じゃないかな。私にはあれしかできなかったけどね」
視線は対戦相手の背中に。
「相手のひと、速かったですよ。遠慮は必要ないです」
そう言うと、え、という顔になってから、満足そうにひと息つく。
「うん、そうだな。選んでる余裕なかった。運が良かったんだ」
本質的に優しいひとなんだな。
でまあ、初心のこともあったし、加えて自分まで危機を招いてしまったし、全体的にドラマティックな出来事が起こりがちな場所ではあるし、感情が大きく動くらしい佳苗先輩にとっては、結末を迎えてみればもはや泣くしかないのだ。
感情を揺さぶる怒涛の一日、我慢の限界であったのだ。
残るは木佐貫香織部長だけど、やはりこのひとはどこか常軌を逸している。
なんというか。
なんというか、普段から一段冷えた空気を纏い、流れの違う時間の中にあるようなひとだけど、操縦台に立つ前あたりから明らかに周辺の空間を歪めている。
いやまじで。
さっきまでそこにいて、これくらいの勢いで移動していたから今はここにいるはず、という予測を超えた距離を移動していたり、前を歩いていたはずが後ろにいたり。
いやほんとほんと。
普段からそんな印象があるのだけど、いつも通りに見える部長もどこかに高ぶりがあるようで、そこかしこでおかしな現象、おかしな能力が発現してしまっている。
そんな能力を使われたら、ラジコンのレースなんて無茶苦茶じゃん。
公式の大会はぎっちぎちのレギュレーションとがっちがちの車検で、極力同じ性能のクルマが使われるように注意が払われる。
従って、機械技術を競う大会でもあるのだけど、闇雲に速いクルマを作ればいいというものでもない。
理屈の上では同じ性能のクルマなのだから、あとはコースに合わせたセッティングと、操縦者の能力が結果に関わる。
とはいえ、セッティングなんか経験者であれば似たりよったりになるだろう。部長のクルマも見たところ変わったことをしているようには見えない。
最後に残るのは操縦者の能力だけど、これだってトゥエルブなんかで大会に出ようというひとたちならば、差が出るほどの優劣は、ないような気がする。
あらためて言うまでもないけど、これらはレギュレーションで許される限りをやってのことだ。
許される限りが出来るひとたちの中での話だ。
そこそこ楽しくラジコンしているひとたちからすると、あたしたちはみんな、初心のようなひとを除いてみんな、常軌を逸していると思われるのではないだろうか。
つまり、常軌を逸するほどの技術を費やした挙げ句、どれもこれも、誰も彼も同じような性能になってしまう。
最適解は収斂するのだ。
が、部長のクルマはそれを飛び越える。
シグナルが変わると、部長のクルマはゆっくりと走り出す。え、と戸惑っていると、対戦相手のクルマはもっとゆっくりとスタートする。
二台ともゆっくり、ゆっくりと走っているが、差は、部長のクルマを前にしてぐいぐいと広がっていく。
見ているひとが異変に気付くかどうかという頃合いでチェッカー、そのときはいつものトゥエルブのけたたましい速度に戻っている。
差を半周ほどもつけて。
このレギュレーションでここにいるひとたちで、そんなに差が付くはずがないのだ。
部長のクルマは、レース後の車検で長い時間がかかっていた。が、これは運営の車検担当が、自分の脳内を確認するために時間をかけていたのだろうと思う。クルマを見るよりも他人の顔色を伺うようだったのが印象的だった。
「本当に、ふたりが入部してくれたおかげで得た結果ね。感謝するのもおかしいような気がするけど、ありがとうって言葉しか出てこないわ」
あたしが言えば暑苦しいような重苦しいような科白を、香織部長はいつものとおりに軽やかに涼やかに唱える。
あ、駒込初心のことも書いておこう。初めての経験だしね。
といっても、特に変わったこともなく、その後のレースは笑顔を誘うものばかりだった。トーナメントだから競う相手は減っていくし、更に上手なひとが残るのだから当たり前ではある。
当たり前でなかったのは、一番最初の、一番重圧がかかった場面。初心もまた常軌を逸したのだろう。
部長の特殊能力でなければ。
誤字脱字がひでえので御指摘をお願いしたいのですがいかがでしょうか。
お忙しい所申し訳ありません。




