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第十六話  サーキット内では、声がけをしたほうがいい場面があります。とはいっても、すいません、とかそんな程度です。




わちは何をしたのか。まあ、ひと殺しとかではなさそうだった。


なんかこう、ラジコンしてるという記憶はある。あるどころか、あの辺の曲がったとこをこれっくらいの角度で走ってたなあという詳細な記憶、記憶、いや、記録と言ったほうがいいような映像がわちには残っている。


でもまあ、わちはまだ練習しとるんじゃったな。


ラジコンが面白いのかどうか分からんまま、学校がある日は部活があり、部活がある日は自分も走り、ラジコンも走り、それらがない日は中学の頃同様自室でぼにゃりと過ごす周期が決まりつつある三週間目であった。


平日はほぼ三時間、部活動を行う。一時間運動、二時間ラジコン。練習内容は◯を走って8を走る。


そんだけ。


「練習、つまんなくない」


と、水分補給ついでの乾氏。先輩たちからは見えぬ角度で主人公らしからぬ暗黒面を含んだ目つき。


単調だから熟練者からしたら、つまらんもんなんじゃろうな。


この、練習つまらんまでが周期化しつつある。


「み、みんなは、上手なんだからあの、なんだっけ。レース場みたいなの」


「ああ、サーキットのことかな」


「そ、そう。そっちで走ったらいいのに」


乾氏が、え、という顔になったので、なんか間違ったこと言うてもうたかと思ったが、即座に主人公らしい光に満ちた顔色になる。


なんでか知らんが。


「つまらないのはつまらないけど、こういう単純な動作を常に体に覚えさせておかないと、レースに耐えられないのよ」


「は、はあ」


「レースって実は、単純な動作の繰り返しを、どれだけ正確にできるかって勝負でもあるのよ。っていうか、プロポ持っちゃったらそれしか出来ることはないから」


「そ、そう」


わからんなりに理解するところはあって、要するにラジコンのレースはおんなじとこをくるくる回るだけだから、おんなじことばっかしなくちゃなんない。


けど、人間の体はそうはできていないから、訓練しておかなくちゃならぬ、と。


「けどさ、初心はそこはまだいいじゃん。先輩たちもわかってるんだろうけど、初めて触るんだから無邪気に楽しむ時間があったほうがいいような気もしてさ」


「あ、うん、いや、ま」


根っこのところが。


種を蒔いちまったのは誰あろうわち自身であり、迂闊にも浮ついた気持ちでラジコン部に足を踏み入れてしもうたのが原因なんである。


なんとなく毎日顔を出しているのも、放課後になると首に縄をかけに来る乾氏の存在が大きいとはいえ、わちの意志も含まれている。


主体性をもって自主的に積極的に取り組んでいるかと言われれば、わち自身が大きな疑問を抱く。


好きに走らせて面白さを見いだせるものであれば、ここはわちのいるべき世界という、なんというか柔らかな光と爽やかな風と、どこまでも広がる草原の中に立って両腕を広げるわち、という映像を描く程度には自覚を得られるものかも知れないがのう。


ただそりは、自分の楽しみを見つけたに過ぎない。


遊びになっちまう、と言うてもいいんかも知らん。


遊びの延長で部活があるのならそれが一番理想なんじゃろう。


ここにいるわち以外のひとびとは、幼な子の頃から無線誘導車と親しんできた、ある意味選ばれた民と言っても差し支えなかろう。


「それは、ちょっと大げさではないかしら」


「ぶ、部長」


部長はそれだけ言って喉を潤して、主人公に笑顔を向けて去っていく。


選ばれなかった民であるわちは遊びに来てるんじゃなくって、部活をやりに来ている。


なんか、そんな感じのことを言いたかったのだけれども、どうもこの、え、なんかそれ意識高くない、そんなに真剣に向き合おうと思ってると思わんかったわ、と、わち自身が驚きの声を上げざるを得ない。



「どしたの」


なんでか知らんが部長の背中に鋭い視線を向けた乾氏に問われ、答え方を迷う。


で。


「な、なんとなく」


だってさ、わちの答え。


なんじゃそりゃ。


なんとなくってなんじゃあ。


もちっとなんかあるじゃろがあ。


「な、なんとなく」


だってさ。


いくら脇役だからって、主人公を前にもちっとこう、なんかこう、お話に弾みをつけるための受け答えって、あるじゃろが。


「あ、いいねそれ。なんとなくって、いいよ。初心らしい」


わちが嫌悪しているものが気に入られてしもうた。幸か不幸かわからん。


「明日、暇ないかな」


明日は日曜日。暇といえば年中暇である。ラジコンを知らずに生きてきた身には、生きる目的を知らずに生きてきた日常があった、とでも言うべきか。


「それも大げさではないかしら」


「ぶ、部長」


「香織、いいとこなんだから邪魔すんなよ」


と、佳苗先輩。


「ふたりも、そろそろ練習に集中してね」


と、園子先輩。


「ちっ、んじゃ、後でね」


と、主人公格。


後でねの結果として、わちは乾氏に招かれ、お宅を訪問することになっちまった。


ピンポン押して、走って逃げたらどうなるかと思案する門前。


「いらっしゃい、来てくれてありがとね」


「ほ、本日はお招きにあづかりまして。これはつまらないものですが」


と、コンビニで適当に見繕ったお菓子を差し出す。


ふた袋。


「えっ、こんなに沢山。ふたりじゃ食べ切れないよ」


「い、いや、食べ切らんでもいいでしょ」


「余ったら持って帰ってね」


そういうもんなのか。招かれるがあんまりないから加減がわからんち。


「浅葱色のワンピース、よく似合うね。かわいい」


「あ、ありがと。乾氏もかっこい」


かっこいい、と素直に思ったのだけど、かっこいいでよかったのだろうか。主人公格とは言え女子だ。かわいい、のほうがよかったんじゃなかろうか。


「んふ、ありがとね。んま、あがってあがって。まずはお茶とお喋りにしようかねえ」


「お、おじゃましま、うおっ」


玄関先から所狭し目白押し、という感じでラジコンが並べられている。別に展示してあるようでもなく、置き場がないからここにおいてある、といった風情。動くのかどうなのかがわちのような素人目にもわかるほど怪しいのもある。


「見苦しくてごめんね。親子二代で買い漁ったものだから、もう収拾がつかない」


「あ、あん、むむ。大変ですな」


「そうね。大変ね」


乾氏は吹き出しながら答える。


ラジコンは玄関先ばかりではなく、廊下にも積み上げられている。未開封なんじゃないかと思われる箱まである。ラジコンというのは、おもちゃにしてはなかなかに莫迦でかいものであり、それを入れる箱というものは当然ながら莫迦莫迦しいほどの大きさになる。


クリスマスなんかにもらっちゃったら、大きさだけでうきうきゆく年くる年になりそうだ。


そんなものが並べられているのだから、もし火事になったら、なんて考えると、火事なのに背筋も凍りそうなほどの逃げ道のなさ。


捨てたらとか売ったらとかどうにかしたらとか考えるのだけど、ひとんちのものがひとんちにあるだけだ。


一向構わん。


「んで、ここがあたしの部屋」


ラジコン屋敷の中枢、なのか。いや、ホームのメインはリビングか。どうでもいいんじゃが、身構えざるを得ない。


が、部屋の中はこざっぱりとしていた。ラジコンの影もなく、ということはやはりなくて、東西南北に必ずラジコンが置いてあるけど、無造作に密集という感じではない。


でも、やはりわちの部屋よりも情報密度が高い。部屋の半分に工具や材料類が並べられていて、ラジコン部の部室を思い起こす。


で、もう半分には敷物がしてあって、テーブルがあって、飲み物とお菓子が並んでいる。


「てけとうに座って座って」


「は、はい、失礼します」


「まあそう固くならず」


乾氏は両足を放り出すようにして座り、飲み物を注いでくれる。形式通りというのとは違うのだろうけど、慣れている感じはする。


ラジコンやると交際範囲が広がるのじゃろか。ま、わち自身の今現在がそうなりつつあるのじゃが。


「呆れたでしょ、ラジコンばっかで」


「あ、いや、想像はしてたけど、想像は越えてたけど」


「あは、初心はおもろいねえ」


「そ、そう」


「なんか、無理やり付き合わせてる所あるから、そのうちお詫びしなくちゃな、って思ってて」


「は、はあ」


乾氏は話を続けながら立ち上がり、作業台に向かってラジコンを弄くり始める。


「初心はラジコン興味なかったんだよね」


「う、うん」


ラジコン自体はどこでも人気で一般的な趣味だから、接点が全く無いわけではなかった、という程度。何度か話したような気がするんじゃが、他に話題がないんじゃろ。


「苦痛じゃないかな」


「あ、そりはない、かな」


「みんな優しいもんね」


「う、うん」


「ときどきね、こんなことしてていいのかなと思う時があるのよ、あたし」


「え、ええっ」


「でね、実際にさ、ラジコンする時間減らして、何か他に楽しいことないかなって探してみたの、中学の間」


「ほ、ほう」


わちにそんな話をする理由が分からん。啓蒙活動かなんかじゃろうか。ま、常に啓蒙されてないとすぐに投げ出しそうな気配があると見られているのであろう。


ごもっとも、ではある。


「他のことも楽しいよね。運動とかさ、ゲームとか。世間のひとが楽しんでるものって、やっぱ楽しいんだなと思った」


やはり主人公を張るだけあって懐が大きい。わちなんぞ何をやってもくだらんつまらんわけからんしか出てこないんじゃ。


わちのとっての世間は、やらないかんと言われるからやるものの集合だ。楽しいと思うというのも、どこかしらそう思わんといかんからと言われているような気すらする。


とはいえわちも、今やラジコン部の部員である。無神経にお菓子喰ってお茶飲んで座ってるだけに終始する度胸もないので立ち上がり、乾氏の手元を見る程度のことはせねばなるまい。


たくさんある中から必要な工具を選び出す仕草には迷いがなくて、無知なわちでも感心する他ない。


うむ、見事じゃ。


主人公の見せ場じゃな、うんうん。


「で、ラジコンに帰ってきてみたんだけど、いまではどうしてもこれでなきゃ、という気持ちでもないの。強いていうと野球はおもろかったよ。いまでもやりたい」


えっ。


ここから路線変更で野球のお話になるの、とびびる。


「で、迷ってたんだけど、部室行って、実際にラジコン続けてるひとの雰囲気を感じたらさ、なんか、やっぱやってもいいかなってなって。さて、ちょっと走らせようか」


「あ、うん」


案内された裏庭は、一般家庭の規格からは途方もなく外れた広さだった。だってラジコンのサーキットがあるんだもん。


「こ、こりゃすげえ」


「あはは、呆れるよね」


どういう境遇なのか。少なくともそこそこ財産がなくてはこれは維持できまい。


聞いていいものか。


聞いてどうする。


「ま、気楽に」


「う、うん」


走り始めた二台のクルマは、うまくて当然、へたで当然と、当然の二文字のゼッケンを貼り付けて周回する。


「でもね、ラジコン部でよかったってはっきり思ったことも、あったよ」


「な、なに」


のろのろと走るというか転がっているわちの後ろから、軽くこつんとぶつかってくる乾氏のクルマ。


「え、え」


見上げると、なんかこう、なんか幸福そうな顔の主人公格。


そか。


素人がおったほうが楽しいかも知れんのう。





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