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第十五話 ラジコンは、比較的とっつきやすい趣味ですが、熟練者と初心者との間にはとんでもない差があります。そこは他の趣味とかわりません。




あたしはただ、いつもの通りの初心でいいのよという慈母のような気持ちで温かい微笑みを向けているつもりだったのだけども。


お膳立てが出来すぎているとは言える。二勝二敗、勝確の一角が崩れ、しかもそのひとは前回同様の不運に見舞われた。ぱっとしない状態にあるラジコン部にとっては、新年度を迎えるに当たって突破しておきたい一戦であったし、出来るはずだった。


皮算用と言うには、計算結果が盤石であった。


盤石が砕けたとは、まだ結論が早いのかも知れない。最後の一戦が残っているのだから。


そこで初心だ。


完璧だ。


何もかもが整えられてしまっている。


「初心、これはあなたのための舞台だよ」


と、あたし。


「あ、あなたは何を仰っているのですか、出会った頃から」


と、初心。当事者としてはそうでしょう。


「気にしなくていいよ、先輩ふたりがだらしねえんだからさ」


と、佳苗先輩。先輩側から言ってもらえて助かる。


「私は私の実力通りだった。でも、代われるものなら代わってあげたい。ごめん」


園子先輩は二度目の謝罪。状況の変化で謝罪の意味は変わっている。


「駒込さん」


じっと初心を見つめる部長。その目が、たとえば恐怖に身をすくめる鼠を狙う蛇のように怪しく変化するのを、あたしは見逃さなかった。


部長は何を思ったのか両手を広げて、小さな駒込初心の体をその胸の中に包み込む。


「あっ、何してんすか部長」


と、あたしは思わず言ってしまった。


「何って、窮地に陥った後輩を励まそうと」


「誰のせいで窮地だよ」


と、佳苗先輩。


「自分を慰めてるんじゃないの」


と、園子先輩。


「あっあっあ、頭まで撫でて」


と、あたし。


「私は傷心なのよ。かわいいものに癒やされたいのよ」


部長の体が離れると同時に、あたしも初心を抱きしめる。


「あたしは勝者として、同じ学年のものとして、初心を励ますために抱っこするのです。これはまったく正当なものです」


自分でも何を言っているのかわからない。ともあれ初心はあたしがラジコン部に誘ったのであり、つまりは初心はあたしの所有物である。従って部長であろうとこのような狼藉は許しがたく思われる。


という訴えを込めて部長を睨んだが、相手は満足げな笑顔を浮かべるばかり。


まさかこれを目的に負けを仕立てたわけじゃないだろうな。


よもや勝ったら勝ったでご褒美とかいって抱っこしてたんじゃないだろうな。


「それじゃわたしも」


「私も」


と、口々に勝手な理由を巻き散らかして初心を代わる代わる抱っこする。大柄な園子先輩などはたかいたかいを交えたりの暴挙。


「あっあっあ」


あたしの初心が、初心が。


解放された初心を後ろに、邪な欲望をもはや隠そうともしない先輩方と対峙する。


「いや、それどころじゃないでしょう」


と、部長。あなたがそれを言うのか。


「ともあれ、駒込さん」


さすがは部長、動じること無くあたしの後ろにいる初心に、いつもの声音。


「は、はい」


「頑張って、という気持ちはあるの。でも、それよりなにより、楽しんでこのレースを終わらせて欲しい。うまく行かなくても、また練習を頑張ろうって思ってもらいたい。あの面白くもおかしくもない基礎練習を」


「部長もそんなふうに思ってるんですか」


「当たり前じゃないあんなの。けど、駒込さんは熱心にやっていたわ。つまんないのに」


「部長」


「初心者って、そういうものかも知れないわね。私は今でもラジコンを夢中になってやっているけど、興味を持ち始めた頃の、何をしても新鮮な感覚というものは、今の自分を作っているのね。駒込さんを見ていて、だから、そんな今を大事にして欲しいなって思ったの。そして、それだけが私の、私たちの願い」


他のふたりの先輩がそんなことまで願うかどうかは怪しいけど、多分そんな願いを抱く香織部長だから、ふたりはこの部活にいるのだろう、一緒にラジコンをやっているのだろうとは思う。


仲間を持つというのも、いいものなのかも知れない。


「わかりました」


答える初心の声が、ちょっと変だった。振り返ると、でも、いつもの通りの、どこか気の抜けたような、相手との距離を隔てるためのような笑顔だった。


緊張とか重圧とかは、言葉だけではどうにもならない。他者にはどうすることもできないものを背負い、胸にはプロポを抱いて、小さくて可愛い女の子は操縦台に向かう。


駒込初心が挑戦する、小型車両によるトーナメント一回戦は、時間の都合なのか見どころがないからなのか、参加者全員でレースを行う。いやこれトーナメントだぞと思ったけど、対戦相手よりも上位でレースを終えれば勝ち抜け、らしい。スタートとかどうすんのかなと見ていると、グリッドはくじ引きで決められ、クルマはびっちりと隙間無く並べられている。


無茶するなあ。面白そうだけど。


多分、一回戦を突破するようなチームは大抵、ここまでで勝負を決めているのだろう。半ばエキシビションのような感じのレースなのだ。


が、決まる勝負もある以上、侮るわけにも行かない。あたしたちのようなところもあるのだし。


でも、これは初心の勝負だ。


場数のない初心者にとって、知らぬ顔ばかりの操縦台は、放り出されたに近い感覚があるだろう。


そんなところにいる初心は、心細さに青ざめて。


は、いなかった。


どうもこのクラスは初心者が集中しているようだ。考えてみれば勝ち負けの読みきれないレースだから、実力が足りないひとを出走させようとするのは戦略的には、わかる。


雰囲気も、その恒例行事を生暖かく見守る、という感じがしている。


そんな中で初心は、薄笑いの中に、冷たく輝く目を浮かべている。


「駒込さん、なんか変だわね。重圧でおかしくなってしまったのかしら」


今日の部長はよく喋る。初心効果かと思うと忌々しい。


「なんだか部長に似た雰囲気じゃないですかね」


「あら、私あんな感じなの」


「いや、あんなにかわいくはないです」


「そうよね。駒込さんはかわいい」


このひとに皮肉は無駄であった。


さて。初心の変化は何をもたらすのか。


シグナルが赤から緑へ。


懸念したとおり、スタートは大混乱だった。まともに走り出したのは三台ほどか。その三台目が初心だった。


「あ、うまい」


と、園子先輩。


「ひゅう、やるじゃん」


と、佳苗先輩。


初心の走りは、速いわけではなかった。むしろ練習そのままで、面白くもなさそうに淡々とコースの真ん中あたりを無難に走る。


先頭車両はとても速くて、見惚れてしまうほど完璧なラインを取っていた。が、周回を終えようとした先のスタート地点は、まだ混乱が残っていて、数台があっちを向いたりこっちを向いたりしている。


ほぼ最高速度になるストレートで、あ、やばいと思った時には先頭車両はもたもた車両に突っ込んでしまっていた。


いやまあ、あれは避けきれまい。どんぴしゃのタイミングでバックを入れられたらどうにもならない。じゃあ先頭車両は被害者かと言うと、こんな混乱が予想されるレースだから先頭車両になれた、とも考えられる。


なるようになった、の範疇だろう。


ほどほどに走り続けている初心は、コース脇のがら空きになっているところを走り抜けていく。タイムを削るような走りではもちろんないけど、的確に状況を把握している。後ろから速い車が接近すると、さっさと譲ってしまう。譲られたクルマはその先のコーナーでクラッシュして初心に抜かれたりしている。


譲るというのもなかなか難しいのだけど、初心は顔色を変えないままプロポを操作している。


「全体的に控えめな設定にしたのが効いてるかな」


と、園子先輩。


「いや、それだけじゃないよ、ありゃ」


と、佳苗先輩。


「そうだね、ちょっと神がかってるかも」


「そうそう」


周回遅れにはなったが、初心は四位でゴール。対戦相手は更に更に遅れていた。


操縦台を下りてきた初心は、冷たい目のまま。


素晴らしい走りだった。けど、あたしはいつもの初心が好きだ。


周囲の目も迷惑も顧みず、あたしは初心を抱きしめる。


「よく、よく頑張ったね。いい走りだったよ。初心、終わったよ、もういいよ」


子供をあやすように、背中を叩く。そんなことをされた覚えが、あたしにもある。


「あ、え、あれ」


と、いつもの声。見直した初心の顔もいつもの、始終なにかに戸惑っているような様子に戻っている。


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