第十三話 実はラジコンのバッテリーは色々な種類があります。各種対応するためには、充電器の選び方が大事です。
あたしはというと、勝ってしまった。それほどの実力差があったとは思えない。けど、勝ち負けを意識する瞬間もなかった。いつも通りのプロポ操作、いつも通りのライン取りで、対戦相手よりも先に周回を完了した、それだけだった。
今回あたしが使ったココモはあたしの私物ではなく、部で用意してもらったものだった。大会を熟知している先輩たちのセッティングが嵌ったのだろう。
こういう経験も割と新鮮ではあった。
ラジコンの組み立てや設定は。
いや、ラジコンに限らず、なんでもそうか。作るとか組み立てるとか使いやすくするとかの作業って、慣れればさほど難しくはないのだけど、数をこなしてみないと要領がわからずむやみに苦労するという側面がある。
単に、それなりの腕力が必要という場面にも直面する。
幼い頃は、難所は父がやってくれていたけど、小学校高学年位からは自分でできるようになっていた。
電動ドライバーという心強い味方がいた。
既に老眼が始まっていた父よりも、手元が明るかった。
出来るようになるといろいろと見えるようになるものが増える。
組み立てができるようになると、クルマの状態を把握して、調整できるようにもなる。
ひとにやってもらっている間は、走っているところも見てもらう必要があったし、要望があれば言葉で伝える必要があった。そこらあたりのやりとりも楽しくはあったのだけど、手間がかかるし時間もかかる。
なによりひとの時間をもらってしまう。もらってしまう分気も使う。ご厄介をおかけするのはサーキットの常連の、父の知り合いばかりで、教えたがりが多かったからさほど気にはしなかったけど。
あとまあ、自分で問題を把握して、対策を考えて、処置をして、結果が好転するのが楽しかった。誰かに怒られそうなくらい大げさに表現してもいいのであれば、自分が神様になったかのような気分の良さがある。世界のごく僅かの部分であるかも知れないけど、思い通りにすることができたのだから。
もしかしたら、ものづくりを好むひとはどこかしらでこういう感覚を抱いているのでは。
いけね。んなこと考えている場合ではなかった。
四駆オンロードクラスで出走の園子先輩は、僅差で負けてしまった。当人は満足そうな顔をしていたから、いい走りができたのだろう。そもそもご自身に執着があまり感じられない。普段の表情や仕草からもそれは繋がっていて、一緒にいるとつまらないことでいらいらしている自分が恥ずかしくなる。
「ごめん、負けちゃったよ」
あたしと初心という後輩に、ちゃんと顔をまっすぐ向けて報告してくださる。あたしなら、自分の気持ちが落ち着くまで、誰にも顔を合わせられないだろう。
「どんまいです、先輩」
と、あたし。慰めるにしてももう少し言いようはないものかと思いながら。
「ど、どんまい」
と、初心。あたしの言葉をなぞっただけか。大丈夫後は任せてという性格でも立場でもないし。
残念、ではあったけど。
立ち居振る舞いの穏やかなひとを見て仏様のような、なんていうけど、園子先輩はその日本代表のようだ。
だけども。
だけども、そういうひとが勝負事に向いているかどうか、よくわからない。
あたしがサーキットで見たひとたちは、どこかしらで何か得体の知れない力に動かされているような感じがあった。他人事ばかりではなくて、あたし自身にも、どうしても勝ちたい、誰よりも速く走らせたいという、御しきれない感情がある。
とはいえ、その、御しきれない感情って、生きていくためにもある程度は必要なんじゃないかという気も、なんとなくしている。
園子先輩にはそういうものが、全く感じられない。
もちろん、部活の中だけの話だけど。
サーキットで勝ちたいと思っているひとのは、やや過剰な気がするが。
どうしても勝ちたいと思ったほうが、勝ちにいきやすいんじゃないだろうか。
と、ながなが考えてしまったのだけど、園子先輩が今浮かべている満足そうな表情は、彼女なりに満たされないものがあった、求めているものがあったからこそ、とも言えるのよね。
仏様の裏側には、穏やかなりに鬼が棲んでいるのかも知れない。
と、ひととラジコンとの関わりについて得たところがあったので終わり、にはならない。
部長も負けてしまったのだ。
練習走行では、周囲がため息を付くほどの速さだった。対戦相手ですら勝敗を越えてただ魅入っていた。
本戦が始まって、スタートのホーンがなった。
停車していたことが不本意であったかのようにけたたましく走り出したのは、対戦相手のクルマだけだった。
部長のクルマはスタートラインを前にして、微動だにしない。転倒しない限り、余人がクルマに触ることはルール違反だ。
部長はそれでもプロポを操作して、どうにか活路を見出そうとしていた。速度が高い十二分の一で、スタートでコケたらほぼ勝機はない。
相手にだって何かが起きるかも知れないとは言うけれど、それは相手の都合で、このクラスに出場するひとには滅多なことでは何かは起きない。
部長は分かっているのだろうけど、ぎりぎりまで諦めない姿勢は流石だった。が、対戦相手のクルマがもう一度並んで、何事もなく抜き去り、周回遅れになったところで諦めたようだった。
諦めたように見えた。
部長はプロポを持ったまま、構えたまま、指先の動きを止め、全身の動きを止め、自分のクルマを見つめている。
まるで立像のように。
その姿は、祈りを捧げているようであった。
苦しい時の神頼みというひとでもなさそうだから、こちらの思い込みなんだろう。
園子先輩を仏様と表現したけど、香織部長は神々しいほどであった、佳苗先輩がレンズを向けるほどに。
あ、佳苗先輩も神々しさを感じていたからか、面白画像と思ったからかは不明だけど。
対戦相手がゴールして、数秒経過して、香織部長は両手をだらりと落とした。部員全員がクルマの前に集まる。
「あ、これか」
園子先輩が指先でつまみ上げたものをみんなに見せる。
ごくごく小さな石、何かの塊。
「走る前に確認したけど」
「あ、わたしも見たぞ」
本番前にコンプレッサーで風をかけてもいる。どこで挟まったのか。
十二分の一はどこもかしこも小さく、シンプルではあるけれど精密、精度の高い部品の組み合わせでなければ、速く、更には思い通りに走らせることができない。
園子先輩の指先に載っている石は本当に小さいものだったけれど、精密な機械の中に噛み込んだ異物は、重大な支障を発生させる。
小さいものを侮ってはいけないと、大柄な園子先輩はあたしたちに教えてくれているのだ、ということではないのだろうけど。
「調子が良かったから、触るべきではないという気持ちがどこかにあったのかも」
理解は出来る話だ。部長の声はいつも通りだけど、こんなときにいつも通りなのは、やはりどこかいつも通りではないのだ。
いずれにせよ普通では考えられないことが起きたらしい。遊びで走らせている時にはよくある出来事と言えなくもないけど、複数の目があって、誰よりも部長は注意を払っていただろうに。
不注意と言うには、不運の成分が大きすぎる。
けど、あたしたちは競技会の、レースの場にいる。運不運は考慮されない。記録されるのは結果だけだ。
「これで、二勝二敗か」
と、佳苗先輩。四人の、八つの視線が初音に向けられる。
ぼうっとしていた初心だけど、状況を理解するときが訪れてしまう。
「あっ、あ、えっえっえ」
初心が勝たなければ、あたしたちには次がない。
そして初心に勝つ力がないことは、ここにいるみんなが把握している。
仲間がいるというのは必ずしも希望に満ちた状態ではない。仲間によって思い知らされるものがあるのだ。
ここにあるのは、絶望、なんだろうな。




