第十二話 遊びから競技へと進んでいくためには、適切な練習が必要になるかと思われます。
なるほろわちのようなわからん素人が諸先輩方に訓練を施され、心身ともに翻弄されるさまは書きようによってはさぞかし面白かろう、敗北、特訓、勝利は少年漫画の王道というしのう。
まったく。
どこのどれが少年漫画だ。
横暴な主人公に振り回されて時間の軸すら無茶苦茶である。
わちはレースの前の、自分の人生において果たして感じる必要があったのかどうなのかよくわからない緊張と重圧に押しつぶされ進退窮まっているところであったにも関わらず、数日戻ってもはや慣れつつある入学した高校の敷地内にてプロポを握る場面に戻る。
工事現場でよく見かけるあの赤いとんがったのを、
「パイロンね」
と、冷酷な部長。
「あ、はいはい」
えっ。あれっ。
「ラジコンの基礎練習というものは、要するにプロポと、指先と、駒込さんの描くイメージをシンクロさせる為に行うもの、なのよ」
と、大きな先輩。中空に指先で八の字を描くのだけど、その仰るところがよくわからない。
「クルマを走らせるのではないのですか」
「そこら辺が自分で歩いたり自転車に乗ったりするのとは違うところだな」
と、にぎやかな先輩。
ちと待て。なぜわちは五人しかいない部活のうち三人しかいない先輩全員に囲まれてるん。
主人公格があっちでひとりでラジコン走らせてるけど、なんだか寂しそうではないか。
「い、乾氏がひとりぼっちですが」
「あ、香織、じゃない、部長は乾さんと」
「ああそうだったわね乾さん教えるとこなくてどうしても駒込さん構いたくなっちゃう」
いやあなたはもっとこうハイレベルなところで主人公格と切磋琢磨的切歯扼腕的な摩擦熱ヒートアップな感じの場面でお話を盛り上げるべきであろう。
という気持ちが伝わったのかどうか、部長は特にそれ以上を言うこともなく乾氏のところに行ってしまう。
「話を戻そう。佳苗の言う通り、日常生活では自分の身体感覚が移動の基準になるのが普通だけど、ラジコンは自分から遠く離れたものを移動させてやらなくちゃならない。このあたりの違いはわかるよね」
「は、はあ」
説明の言葉を理解したとは言い難いけど、実際に動かしてみたときの感覚があるから違いはわかる。
「きょ、距離はありますが、あの、筆で字を書く感覚に近い気がしまふ」
「いいねえ初っちゃん、うまい喩えだよ。これからする練習だって、八の字を描く、と言うね」
「駒込さんはセンスいいのよ。サーキットを走らせるときも、走行ラインと言って、走りやすい位置を線で繋いで辿る、という考え方をする。まさに、プロポという筆を使って線を描くのよ」
なんかうまいこと言ったらしい。けど、たいして字も絵もうまくないわちにとって、あてになるものでもないのじゃが。
「大会は大きくオフロードとオンロードに分けられる。オンロードは更に三つのクラスに分けられます。どう違うのかと言うと、大きさが違う」
わちの前にはラジコンのクルマが三台並んでいる。並んでいると言うか、先輩たちと一緒に並べたのだけども。
そういや、持ち出すときにも教わったことがあったっけ。時間の軸がまたずれる。数十分前の部室内。
「当たり前だけど、ラジコンは電池がないと動きません」
と、園子先輩。
「燃料で動くエンジンのラジコンもあるけどな」
と、佳苗先輩は情報を加えるのだけど、園子先輩は余計なこと言うなよ、という感じで口を尖らせてから続ける。
この場では必要のない情報やったんでしょうな。
机の上にはもう用意してあるラジコンがあって、これ持ってきゃいいのかと思ったけど、ぱっと見、なんとなく物足りないような、ラジコンの内部にがらあんとした空間が空いているように思えた。
「電池、電池というと普段の生活では乾電池を連想しがちだから、バッテリーと呼ぼうか。このバッテリーは充電する必要がある。本当はそこから教えなくちゃだったわねえ」
「気をつけないと爆発するからな」
「ば、ばく」
佳苗先輩が冗談めかして言うのでまた園子先輩の口が尖るかと思ったけど、存外にも深く頷いてたりする。
「世の中に流通している、電池を使うものっていうのは、危なくないように造られているけど、それでも事故は起きる。ときどき聞くでしょ」
「は、はあ」
聞いたような聞かなかったような。あ、スマホが爆発したとかあったっけかな。
「これもほんとは当たり前の話でね、エネルギー源を詰め込んでいるのだから、悪条件が重なると暴発してしまう。ラジコンのバッテリーは出力も大きいから、その分危険度は高くなる」
「とはいえ、実際爆発したって話は聞かないけどな」
どっちやねん。
「は、走っててぶっかって大爆発とか」
初心者のわちには切実な問題、なような気がするんじゃが。
「ないない」
と、佳苗先輩は手のひらをひらりひらりと振る。大爆発の話題をしてるにしちゃ牧歌的な動きである。
「んと、バッテリーの危険度は、充電するときに最も高くなるかな。でもこれも、設定を間違えなければ大丈夫」
「うちの部活では、充電するときは近くに必ず誰かがいなくちゃならない、と決められている」
「決められているのに守らなくて、香織、木佐貫部長にしこたま怒られた部員がいる」
「それがわたしだ」
ふたりの先輩はけらけらと笑うのだけど、わちは笑っていいんかどうかわからんかったから、あ、は、と頼りない息を漏らす程度。
充電に関して細かい説明は後で、と言われ、バッテリーをクルマに載っける方法やら繋ぎ方やら教わり、中身が丸見えのクルマに被せる、クルマの形をしたカバーの乗っけ方も教わり、
「その見方は斬新だな」
「え」
「私たちはこれをカバーとは思わないけど、そだね、こりゃカバーでもあるわねえ」
何に感心されたのかわからん。ぺらぺらで、特にどこか動くようでもなく、色が塗ってあるようだけどもただばこっと被せるだけのものがカバーでなかったらなんなんじゃろと思うたけども、質問の仕方もわからん。
ま、そんなレクチャーを受けた後、ラジコンを持ち出したのじゃった。
並べてみると大中小がはっきりする。大中小としかいいようがない大中小の並びである。大きさが違うというからそういやあのミニッチは小さかった、あれでレースやるのかなと一瞬思ったのだけど、ここに並んでいるクルマで一番小さいのは、ミニッチよりもひとまわりふたまわりは大きいようだ。
「一番速いのどおれだ」
「ん、えと」
部室で中身を見た印象では、一番大きいのは一番身が詰まってる感じで、配線もうねうねしていて複雑そうだった。が、それだけに重いんじゃないかなあ。一番ちっちゃいのはモーターがどんと載っかってるほかは目立つものもなく、何もかも小ぶり、というか、必要なもの以外削ぎ落としたかのようだった。真ん中のはどこもその真ん中という感じで、わちが任されるのだから最速はないじゃろ。
「こ、この、ちっちゃいのが速いんではないかと」
「いいね駒込さん。正解」
ばんと背中を叩かれ、咳き込まざるを得ない。
「クルマのスケールも説明してなかったわね。一応実車のサイズが基準になっていて、大きいのと真ん中のは十分の一、ちっちゃいのは十二分の一。これだけ何故かトゥエルブと呼ばれたりする」
先輩おふたりはしたりしたりという顔をされているが、結局のところ大きさにまつわるお話なんじゃろうという理解に留まる。
「これはね、びっくりするくらい速いよ」
と、佳苗先輩に煽られるのだけど、速い遅いは相対的なもので、相対する軸のないわちは残念ながら期待されているかも知れないリアクションができないのである。
「ははあ」
と惚けた声を漏らすだけ。
「何と言うか、脱兎の如くと言うか、逃げる鼠というか」
「ほほう」
「トカゲ、ゴキブリ」
「んむむ」
「おまわりさんに追いかけられる泥棒」
「うおお」
わちが気の利いた返答ができないばかりに佳苗先輩はいろいろ持ち出すのだが、出ないものは出ない。
「変なことばかり言わないでよ佳苗。駒込さん困ってるじゃん」
更に言うなれば進展が見られないのも困りものではある。主人公にどうにかしてもらうしかあるまい。




