第十一話 バッテリーはパワーの源です。単純な燃料とはちょっと違います。
大会当日になった。従って学校ではないので、詠美といちゃいちゃする時間がなかった。
基礎練習はどうなったのか。あたしが書いても面白くならなさそうだから、初心にお願いしようと思っている。こうして経験者は初心者に、二重三重の負荷をかけて技術と精神の向上を要求するのだ。
ぞろぞろと制服姿が蠢いている。ラジコンに関してはいろいろ知っている方だと思っていたけど、この光景は新鮮だ。
バス移動だったので荷物が大変かなと思ったけど、荷物は顧問の先生が運んでくれた。先生は他にも用事があるとかで、終わったら連絡頂戴と言っていた。
「他にも用事って、部活でしょ」
「大変だな。帰りは自力にしようか」
荷物は多いけど、五人で分けて運べないほどではない。小柄で熱心ではない初心はのけぞっているけど。
父親の影響で走行会など出たことがあるけど、勿論私服だった。なにより、外の世界の走行会は、どちらかと言えば大人の社交の場、だった。子供だけのクラスであっても、大人がサインしなければ参加はできない。見知った顔を見かけては、父親はやあやあどうもどうもと挨拶していた。あたしのレースはあまり見ていなくて、勝っても負けても、悪く言えばどうでも良さそうで、良く言っても結果にこだわりはなさそうだった。
会場である市営の施設はもうだいぶくたびれていて、補修の跡が痛々しく、どこかしら禍々しい雰囲気すらあった。が、「第四十二回全国高校生ラジコン競技大会」と大書きされ掲げられている横断幕は真新しく、白地が輝いて見えるほどで、対比が鮮やかではある。
「ぼろいわよね」
と、部長。あたしの視線の先を見たらしい。
「おトイレは去年、きれいになったから安心して」
真面目に言うので笑ってしまったけど、考えてみたら汚いトイレはこの上なく不愉快だ。
あたしたちは今、ラジコンの整備場、ピットを設置しているところだ。他のみんなが離れたところで、話しかけられた。タイミングを図っていたのかも知れない。
「来たことあるかしら」
「ないです」
「乾さんのこと、知っているひともいるんじゃない」
「どうでしょうかね」
「知っているひとが多いというのも、なかなか面倒なものよね」
あたしの過去を詮索をしているのかと思ったけど、部長はそんな無駄をするひとではなかった。部長は自分の話し相手がほしいのだ。
そのあたりを理解したうえで周辺に気を配ると、なるほど視線が常に向けられている。
でも残念ながら、あたしはそれほどの有名人ではない。
「部長は大変そうですね」
「才能にはひとが集まる、と父がよく言うのだけれど、別に集めたいわけじゃないのよね」
「いや、はあ、そうですか」
さすがにあたしの理解を超える。サーキットで軽く声をかけられることはあったけど、SNSとか配信などは父がすべて断っていたし、なにしろ小学生の数年間でしかなかった。
「そんな父は、才能を集めるのが好きなひとで。乾さんの名前、聞いていたのよ、どっかで」
「ははあ」
そういう目で見られることがなかったわけではない。レースというのは少なくとも順位がつくので、目立ちやすいとは言える。でも、運で勝った場合もあるし、何もかも揃っていたのに負けたこともある。
なにより、父の影響が大きかった、んじゃないかと思う。
これはあたしの話じゃあない、と片付けることにした。
「でも、部長も才能を集める立場になっちゃってますね」
「そういえば、そうなのよね。そう考えると、憂鬱よね」
なんとなく笑ってしまった。失礼かと思ったけど、部長の口元も緩んでいる。
お父さんが嫌いなわけではないのだろう。
「あたしの父は、ちょっと距離を置くようなところがありました」
あたしの話をしてみる。参考になるだろうか。気休めになりますかねえ。
「乾さんと、かしら」
「いえ、世の中の何もかもと。もしかしたらラジコンとも」
部長の手が止まる。で、
「そう。それも極端ねえ」
と、呟く。
自身のピットが整うと、部長はクルマのセッティングに没頭してしまう。初心はどうかと見ると、先輩ふたりに挟まれていろいろ教えてもらっているようだ。教えてもらっているというか、構われているといったほうが良さそうだけど。
何も知らない可愛い後輩にあれこれ教えるのは、先輩の醍醐味だろう。
こんなやりとりがあった。
先輩たちは自分たちのペースがあるだろうから、あたしが面倒見られるところは見てあげよう、無理やり誘ったようなものだし。と、そこまで具体的に意識していたわけではないのだけど、なんとなく初心にべったりくっついていた。
基礎練習を初めて三日目辺りだろうか。
「乾さん、あのさあ」
「なんでしょうか」
「わたしたちも初心ちゃん構いたいんだけど」
「えっ」
「えっ」
あたしと初心の「えっ」が重なって立体的に聞こえてしまう。
「乾さんには教えることないし」
「わたしたち先輩だし」
「あっ、すいません差し出がましく」
「あなたたちはあなたたちの練習をすればいいんじゃないの」
部長は先輩たちに向かってもっともを言う。どうもここらへんの、合理が過ぎて気持ちをほったらかしにするところはあたしと似ているような気がする。
あたしは言われて気がついたけども。でも、いえいえあたしなんてまだまだとかと、とりあえずですら謙遜しないあたしもどんなものだろうか。
「部長、乾さんには教えられることがありません」
「わたしたち先輩なのに」
と、違う相手に同じ言葉を繰り返す。
「仕方ないわね。駒込さん、乾さん、先輩の意向を尊重してもらえるかしら。そうね。乾さんは私の練習に付き合ってもらおうかしら」
「ああ、はい」
部長について場を離れる前にちらっと見た初心は、先輩ふたりに挟まれた生贄のように見えた。けど、相手があたしであっても、同じだったろう。初心にとって本意かどうか、まだ定まっていないのだから。
あ、このあたりは初心に書いてもらうんだった。エピソードを取ってしまった。
では、あたしはあたしの話をしよう。
試合は、舗装路を走るオンロードを三本、土の路面を走るオフロードを二本、走る。部長、園子先輩、初心がアスファルト、佳苗先輩とあたしが土の上。
細かなレギュレーションは後回しにするとして、オンオフそれぞれ駆動方式でも分類される。オンロードは四駆が二本、二駆が一本。オフは四駆と二駆。基本どちらでも四駆のほうが走りやすい。
オンロードのほうが数が多いのは、単純に経験者の数に偏りがあるから。オフロードを三本にすると、経験者を揃えたほうが勝ち、になってしまうそうだ。
部長はどちらでもよかったのだろうけど、競争率と難易度が高そうな方に出場したのは立場上、
「ですかね」
「いや、わたしがオンロード苦手だから」
と、佳苗先輩はけらけらと笑う。その後、勝ちたいから四駆にさせてくれと頼まれたので了解した。これはチーム戦だから、それで勝ってもらえるならあたしも楽だ。部長に確認はしていないようだけど、大丈夫なのだろう。あまり細かいことを言うひとではなさそうだし。
初戦では練習走行があって、その後10分のセッティング時間がある。
あたしは佳苗先輩と学校で走らせたココモのIOを持ってきた。レギュレーションで、このメーカーのこれ、と決められていて、持っているもので適合するのがこれしかなかったのでもある。
メーカーはそれぞれなりの考えを持って商品を開発するので、同じような価格帯でも性能には差が出てしまう。
高校生の大会であまり高額商品を使うわけにも行かないから、採用されるのはエントリーモデルで、その中で勝とうとすればココモ一択じゃないかなと思っていると、対戦相手もココモだった。メーカーの偏りをなくそうとしてのレギュレーションでもあるのだろうけど、最終的には選択肢は絞られてしまう。
「よろしくお願いします」
「あ、こちらこそ」
制服の感じや落ち着いた様子から、上の学年のように見えたので先に声をかけさせてもらった。お互いの走りっぷりをいくらか見られる時間でもあるのだけど、あたしよりどうかこうかなど判断するには足りない。加えてあたし自身は久しぶりの本格的なレースだし、部活の成績も関わってくる。気にしなければならないのは対戦相手ではなくてあたし自身だ。
高ぶっている気持ちがあたしの中でもそもそとしていて、ちょっと愉快な違和感がある。そんな気分の中で、この大会自体のオープニングにもなる、佳苗先輩のレースが始まる。
「わたしの走りっぷりを見て、参考にしなさい」
胸を反らせてサムズアップの頼もしい先輩は、言い終わった後で小刻みに震えているようにも見えた。更に暴露してしまうと、おトイレの回数も多かったようだ。
でも、こんなときは親指を返すだけだ。
「わかりました」
負けフラグ、なんて言葉が一瞬浮かんだけど、先輩は普段の言動からは意外なほど、あたしと走ったときとは別人と思うほどの淡々とした走りで逃げ切った。
走り終わった後の先輩は、なんだか一回り小さくなったように見えた。
「な、な、さあんこうになったべ、な、せんぱい、がんばった、な」
「お見事でしたよ、とても勉強になりました」
「あとはまかせた」
そう言い残して、佳苗先輩は真っ白になって、少し強めの春の風に乗って虚空に消えていった。
「おい」
「すいません調子に乗りました」




