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第十話 サーキットに行こうと思ったら、タイヤよりもまず、他人の親切をあてにすることを心がけましょう。


部長さんの考えをわちなりに解釈したところによると、個人的な怨恨というやつになる。


個人的な恨みから手下を操って社会に混乱をもたらす悪の組織、といったところかのう。


んまあ、そうであってもわちにゃ抗う術も力もないわけで、過去の経験から鑑みて、やれと言われたことはやり、やめれと言われたことはやめるじゃろう。


「んじゃ、まずは着替えて、体力造りから始めよう」


ささっと室内が目隠しされ、ぱぱっと着替える。こんなはずじゃなかったんじゃと嘆く気持ちは、いまはもうあんまりない。多少はあるけども、そんなでもない。本格的決定的終末的に拒絶するのであれば、ここにいたるまでになんとかしたであろう。


自分をそんなには信じてないけども。なんとかしなければいけない段階でなんともせずに被害が拡大したことも、ま、過去になかったわけでもない。


ともかくここまで来てしまったのだから、よほどのことがない限り、言われるがままをつつがなく執り行うだけである。


今のわちにとっては、表面的に仲良くしてくれそうなひとたちの中で、学校側からは覚えめでたく、それなりに面白みがあって時間が潰れてくれればそれでよかです。


ともあれぞろぞろと外に出る。 


「自分のペースで構わないから、とにかく一時間ほどは心拍数が上がるような運動をしましょう」


それだけ言って、部長はさっさと走り始める。組織の長にあるまじき独立独歩ぶりに呆れて他の先輩方を見ると、苦笑している。


「ま、そういう部だからさ」


と、佳苗先輩。


「ああ見えて、面倒見はいいのよ。先生たちからも信頼されてるし」


園子先輩は、どことなく気だるげな佳苗先輩の背中を叩いて気合を入れる。


「もうちょっと足並み揃えてなにかすればいいのにねえ。大丈夫」


と、乾氏。


「あ、まあ」


「大会のこととか、なんだか乱暴な話だよね。気持ちはわかんなくもないけどさ」


「う、うん」


「じゃ、行こか」


「う、うん」


わちの中ではあれやこれやと言葉が浮かぶのだけども、どうもどれもこれも口に出しても仕方がないような気がしてしまう。不安はあると言えばあるんだけど、どこからどう見ても部長が主体で事が運ぶ組織において、その部長自身が「やれや、やってみんかい」と言っているのだから、そこまでの話だ。


不安を感じるのは、むしろ他のひとたちであるべきでしょう。勝ち負け以前の問題として、何も知らん人間を大会とやらに出場させるまでに仕立てるのは、それなりに手間がかかるであろうから。


「な、なんも知らんから」


乾氏は一緒に走ってくれている。


黙っている時間が長いのも気になるし、走っているついでに、言葉が出てしまった。言葉が出る程度の運動しかしていないのでもあるけど。


「そうだよね。なんもわかんないのにさ」


わちはわちのことよりも、わちの右斜め前を走る主人公格が事態をどう感じているのかが気になる。だって、入っていきなり勝つことを期待されているのだ。期待どころか、勘定のうちに入っている。


勝つか負けるかなんて、わかるものなのか。


わかるんなら、やんなくてもいいんじゃないのか。


わちが差し当たっての数合わせにしろ出場せいと命ぜられたのは、やって見らんとわからん部分があるからだろう。


わからん部分を「決まったもの」として当てにされるなんて、ちと想像の範囲を超えている。


「い、乾氏は」


ぶ、と吹き出す乾氏。


「乾氏ね」


「へ、変かな」


「いいよいいよ、呼びやすいように呼んでよ」


「乾氏は、勝てそうなん」


走りながらだと言葉と気持ちを整えている余裕がない。聞き方は間違っているかも知れないけど、これしか浮かばない。また笑われるかなと思ったけど、乾氏からは、


「わかんないよね、そんなの」


と平坦に返ってくる。


「そう、なの」


「そりゃ、そうだよ。部長も、確実なもの、なんて、なにもない、とは思っ、てるよ」


「い、意、外」


「負ける、気が、しねえ、とでも、言いそうに、見えた、かな」


「う、うん」


乾氏は笑いそうになったのだけど、ぼちぼち息が追いつかなくなる。考えもまとまらない。そこからは黙って割と真面目に、さほど必死という感じでもなく、走った。


走るのなんかしんどいばかりで好きじゃない。けど、頭の中で形作られているものがぼろぼろと崩れていくような感じがあって、ん、解放されるような気分で、嫌いではないところもある。


「それよりもさ」


校舎の影で日を避け、いくらか先輩たちと離れたところで、乾氏が話を続ける。


「大会だからひとが多く集まるのよ。初心、苦手でしょう」


「う、うん」


「だよね。あたしも別に好きじゃないけどさ。お祭りみたいなもんかと思ってやり過ごす」


わちはお祭りも好きじゃないのだけど。いや、ちっちゃい頃は楽しかったか。親に連れられて行った夏祭りは、毎年楽しみにしていたような。今になってみると、なにが楽しかったんかよくわからんけど、普段見慣れない景色に胸踊らせる頃がわちにもあった、ということか。


ん。


楽しかったものが楽しくなくなるのは、どうしてなんじゃろ。


眼の前の主人公格は子供の頃からラジコンやっとったらしいけど、いずれ楽しくなくなったりするんだろうか。


「どしたん」


と、問い返される程度の時間、乾氏を眺めてしまっていたらしい。


「あ、ん、出ていいのかな、大会」


「いいよ、一緒に出ようよ」


「あ、いやいや」


あなたと私は一緒には並べられんでしょうが。


たしかお祭りも、一緒に行こうよと誘ってくれた友達がいたような。


「大会ってゆうのは、選ばれし者たちが集い競う場なんではないかと」


と続けたわちをじっと見つめた後、乾氏はけらけらと笑い出す。


「あは、は。真面目だねえ初心は。そういう場合もあるだろうけどさ、必ずの勝ちはないし、選ばれたから出るというのも、ないよ。いや、違うな」


乾氏は笑いを引っ込めた。


「理想は、そうだね。初心の言う通り、選ばれたひとたち、優れていると認められたひとたちが集まって開かれるのが理想だよね、大会なんてものは」


「うん、うん」


実際のところは知らん世界だけども。


「でもそれ聞いて、大会の別の面もあるって気がついたよ」


「ん」


「ひとが集まれば、無関係なひとも、興味がないひとも巻き込まれる。初心みたいにさ。そうすると、否応なしになんとかしなくちゃならなくなるじゃない、初心みたいにさ」


「んん」


「部長がすることはよくわかんないなと思ってたけど、これは初心のための大会と言えるね」


いや、どしてそうなるん。あんたの言うこともようわからん。


「じゃ、まずは基礎練だな」


と、園子先輩。


「やりたくないなあ」


と、佳苗先輩。


「こら」


「やりますよやりますやりたいです」


そんなに嫌なものか。そもそもラジコンの基礎練習ってどんなんじゃ。プロポもってスクワットとかかな。どんな効果があるか知らんが、スクワットはなんにでも効きそうな気がしないか。


プロポ持ってスクワット。


かっこわりいこた確実だがな。


園子先輩が、工事現場でよく見かける、赤い三角形のとんがったやつ、を持ってきて並べる。


「これはね、パイロンて言うの」


「ぱ、イロン。何語ですか?」


語感が面白いので、つい聞いてしもうた。


「え」


園子先輩絶句。佳苗先輩と主人公格はそっぽ。


「今は英語。そもそもは古代エジプトで、神殿を指す言葉」


「へええええ」


わちも含めて一同が、部長の説明に声を上げる。部長は古代エジプトの女王様のようであり、わちらはひれ伏す民のようであった。


「やべ、昨日私、神殿蹴っ飛ばしちまったよ」


と、佳苗先輩。


「ツタンカーメンの呪いがあるかもな」


と、園子先輩。


やれやれ、何かを始めるとどう考えても不要な知識を無理やり押し込まれることになる。


何かを楽しむと、そういうのも含めて楽しくなる、ということなんじゃろうがな。


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