雪女
200年に一度降る紅い雪。
それは、雪女が人前に姿を現す前兆。
しかし、雪女を見てはいけない。
もし見てしまったら、魂を抜かれて氷の人形にされてしまうからだ。
ただ、雪女に気に入られた人間はなんでも願いを叶えてもらう事が出来るという。
貴方なら、雪女を見て見ますか?見ませんか?
ごぅごぅと耳元で風が巻く音がする。
大正11年12月。視界は吹雪で遮られ、顔も指先も凍えきっていた。ざくざくと雪山を進む足取りは、深く積もった雪の前で思うように動けない。
「早く探さねば」
咲也は何日も帰ってこない、マタギのじい様を探しに山の中を歩いていた。目指す猟の間の仮住まい、山小屋だ。咲也は今年で数えの16歳になった。父も母も早くに亡くした咲也のただ唯一の肉親がじい様だ。手練れのマタギのじい様は、山の事、猟の事、生きる事に必要な術を咲也に教えてくれた。
そんなじい様が、数日前「山に行く」といい、まだ帰らない。こんな事今までなかった。何がじい様を雪山へ駆り立てたのか、咲也は不安と疑惑の入り交じった気持ちで足を進めた。
紅い雪を見たことがあるだろうか。紅いと言っても真っ赤に染まっている訳ではない。そう見える現象があると咲也の住む土地では語り継がれていた。
紅い雪の晩は外に出てはいけない
雪女に氷づけにされるぞ
紅い雪の晩は外を見てもいけない
雪女と目が合えば魂を抜かれ、氷人形に変えられる
紅い雪の晩に山に入ってはいけない
自分が獲物になってしまう
と、子ども時分に早く寝ない時はじい様が言っていた。今、なぜこれを思い出したかと言うと、さっきまで純白だった月がみるみる赤銅色に変わり、照らされる雪たちが仄かに薄紅色に見えるからだ。不気味な現象だが、春の桜吹雪みたいで咲也は美しいと思った。山小屋までもう少しだが、咲也の足はもう限界だ。前に進む事が出来ない。
「…助けて、…じい様」
新雪の雪に倒れ込み、咲也は気を失った。
暖かい感触が咲也の身体を包み込んだ。柔らかくて、まるでほかほかのまんじゅうの上に寝ているみたいだと感じた。咲也はゆっくり目を開ける。
「やっと起きたー。こんなに若いのに死んじゃって可哀想に」
といいながら、見たことないくらい綺麗な女が哀れみの眼差しを向けている。頭を上げると、当たり一面白くてふわふわの暖かいたんぽぽの綿毛で覆われていた。
「あれ、ここは何処だ?こんな時期にたんぽぽの綿毛なんてあるわけがない。お前、妖者か。」
咲也はすくっと立ち上がると、肩にかけていた猟銃を銃口を女へ向けた。
女はクスクス笑いながら
「御名答!良く分かったなあ。賢い上に度胸もある。あー、なんて惜しい人間が死んでしまったんだ!」
と、純白の着物の袖で顔を隠し、大げさな仕草でなおも哀れんできた。