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 二人で教会を出た。ゆららは車で来ていたみたいで、送ろうか、と言われたが、親に女神の存在を少しでも知られるのが嫌で断った。じゃぁ、バスが来るまで見送るね、と言われ、喜んで受け入れる。

 はっきりと行く、と言うことは無かったが、具体的にどの大学に行っているのかとか、そこがかなり頭の良いところで驚いたりだとか。好きな食べ物は何で向こうでどんな生活をしているのだとか。何でもない話をした。

 バスに乗る。窓際に乗り、お互いに見えなくなる最後の時まで手を振り合った。

 家に帰ったらすぐに身支度しよう。親にもバレないように。明日バスに乗れさえすればもう逃げ切れたも同然。そのバスはちょうど達平駅まで行くのだ。

 この感情の正体は知らない。白黒付けるのだってもうどうだっていい。ただひたすらに、ゆららと共になりたい。

 盲目的な狂信者。今の自分がそうだと気がついて、くすりと笑った。



 家に着いて、両親には何気ないように見せて。眠る直前になって、急いで身支度をする。

 財布や肌着、あとは携帯端末。これくらいあればいいか。とベッドに広げて考える。

 だったら教科書もノートももういらないか、と思って取り出す。……その時に、ふと進路希望調査のプリントが目に入った。

 蝉木詞音という名前だけが記入されて、提出期限は一週間前を提示している。

 この期限を超えても世界が滅ぶわけではない。当たり前のことだけれど、それを望む者もいる。……私の想い人とか。

 そっと微笑む。

 窓を開けて空を見た。街灯も少ない田舎。星がよく見える。東京はこんなに綺麗に星が見えないという情報だけ知っているから、今のうちに見ておこうと思った。

 次に考えたのは受験の圧に耐えられなかったというゆららの想い人。親や教師に束縛され逃げ出した少女と、親や教師に自由を与えられてはいるがまだ山中からの逃走を許されない自分。……今、逃げ出そうとしているけれど。少し対照的だなと考えた。

 私は少女の代わりになれるのだろうか。言いなりになるだけで、ゆららを満足させられるのだろうか。求められるのは嬉しいけれど、もしも満たせなかったら……恐ろしくなってくる。

 月の周りに見える星々。本来は星の方が大したものではあるが、夜空の主役は月であると、そんな感覚を幼い頃より抜け出せずにいた。

 星はきっと月を引き立てる存在。引き立て役。私は何の取り柄も無い、ぱっとしない星の一つなのだろう。

 と考えたところで、そこから連想して、詞音はふと思いつく。

 私きっと、彼女のことを──。



 次の日、時刻は八時半。

 ゆららはロータリーのすぐ横にある小屋のような待合所の外に立ち、今か今かと伏住からやって来るバスを待ち望んでいた。

 定刻はあと八分ほどのバスで詞音が降りなければ、もう次は無い。しかし、当たり前だがバスは遅延している。もはや苛立ちすら覚えていた。

 八時四十五分。新宿行きのバスがやって来た。ゆららは半ば諦めを覚えて、バスの運転手による受付を済ませる。けれど、もしかしたらと思って外で待っていた。

 八時五十分。伏住からやって来たバスが来た。降りてくる人々。遅刻覚悟で来た人だろうか、女子高の制服を着た人は居る。まだかまだかと待ち望み、列の最後に詞音が居た。

 ゆららは跳ね上がり、思わず詞音を抱きしめる。それを詞音は喜んで受け入れて、抱きしめ返した。


「来てくれたんだ。私と一緒に東京に行く気になってくれたんだ」


 ぎゅぅ、とそれは強く強く抱きしめ……詞音はそれから脱出した。ゆららは疑問に思い詞音を見る。詞音はにっこりと笑っていた。


「ごめんなさい、ゆらら先輩。私、やっぱりゆらら先輩とは行けないです」

「──え」


 何がいけなかったのか。なんで否定するのか。愕然とするゆららをよそ目に詞音は言葉を続ける。


「私、昨日ゆらら先輩と居た時は一緒に東京に行こうっていう気持ちだったんです。でも、考えたら……なんだかそれだけじゃ嫌だなって。だってゆらら先輩、あの子の代わりが欲しいだけじゃないですか」


 図星を突かれ、言い返せずに顔をしかめる。


「でも、私ゆらら先輩のことが大好き。あの子の代わりにはなりたくない、けど一緒に居たい。……だから、決めました!」


 詞音はリュックを開くとごそごそと中を漁って、ばばーんと一枚のプリントを見せつけた。それは表題に『進路希望調査』と書かれていた。下の方を見ると、そこにはゆららの通う大学の名前が丸い字で書かれていて、隣に小さい字で哲学学科と書かれていた。


「私、大学生になってゆらら先輩に会いに行こうと思います! だからゆらら先輩、それまで私のことを待っててください。向こうで待っててください。停学だろうが退学だろうが、どんな処分が下されようとも!」


 めちゃくちゃを言うのだな、とゆららは苦笑混じりに笑う。

 けれどこの健気さ。今まで触れて来たものとはまた違った可愛いものがある。


「可愛いこと言うんだね、詞音ちゃんは」


 こう言えば、詞音は硬直して顔を真っ赤にする。


「分かった、待ってるね」


 と言い、また黒髪を撫でる。途端に絆されたようににんまり笑う、そこまでの全てがもう愛おしい。


 昔……あの少女が廃人になる前。一度達平にあの子を連れて来たことがあった。あの子は都会の喧騒とは無縁のこの地に感動を覚え、伏住の星見スポットに連れて行った時はそれはもう目をキラキラとさせていた。そしてこの達平駅のちょうどこの辺りで「ありがとう、ゆらら先輩」と言われ、あの時もこうやって頭を撫でたな……なんて。

 思い出して、ほんのりと目尻が熱くなる。


「そうだ、せめて連絡先でも交換しない?」


 と提案すると、また詞音は首を横に振る。


「次に会う時までの楽しみにさせてください」


 変わらない表情。衝撃ではあるが、ゆららはすんなり受け入れて、その決意を賞賛して頷いた。

 後ろから運転手が「そろそろ出発しますよ」とゆららに声をかける。


「もう行かないと」


 頭に触れていた手を退ける。バスの方へ向いて、ヒールの音を立て、ふわりとした髪を揺らしながら向かう。

 バスに乗り込む直前ふと思いついて、詞音の方へ向いた。


「詞音ちゃん、私のことを女神みたいって言ったね」

「はい!」


 元気な返事にまた笑みが零れた。


「私──女神になりたかったのかも」


 言い捨てるように言い、そのまま車内に入っていった。車内はカーテンが閉められていて見れない。

 運転手が最後に辺りを見回して乗り逃す人はいないかを確認し、扉が閉められた。

 詞音は最後まで見送る。バスの車内からアナウンスが聞こえた後、バスは発進する。

 最後に、ひょこりとカーテンをめくって夜の髪と月の瞳が姿を見せた。片目には相変わらず眼帯を付けている。

 お互いに手を振り合う。詞音はバスが見えなくなる最後の時まで、その場で見送った。

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