4-1
一歩、一歩と詞音はゆららに歩み寄る。昨日とそれほど変わらない上下黒の服とメイク。相変わらず片目は眼帯をつけている。
近づく度に心臓の鼓動が激しくなる。
「やっぱり、女神様みたいです」
誤魔化すように吐き出すと、ゆららはくすりと笑った。
「んもう、詞音ちゃんってば。私は女神なんかじゃない」
隣にまで来ると背負っていたリュックを床に下ろし、一度見つめ合う。月を思わせる黄色のカラーコンタクト。なんとなく触れた手が絡み合い、ゆららの手に熱を伝える。
二人ともすとんと座った。長椅子にはクッションが敷いてあって柔らかい。
「走って来た?」
詞音はこくりと頷く。ゆららは空いているもう片方の手で頬を撫でる。それを詞音は心地良く受け入れた。
「ゆらら先輩はいつから居たんですか?」
「さっき。来たばかりだから、待ってない」
「ならよかったです」
一度沈黙が生まれると、さっきまでと変わらぬ調子を作りながら
「あの、聞きました、先生にゆらら先輩のこと」
と言う。ゆららは表情を変えずに「そう」と呟くように言った。次に誰に聞いたかと聞かれたので、素直に普段仲良くしてる女教師であることを告げる。
「懐かしい。確かにしょっちゅう気にかけてもらってたな。それで、なんて言ってた?」
詞音は少し言い淀み、
「目を抉ったって……」
と絞り出す。視線を落とすと、未だ繋がっている手が目に入った。
「そうだね」
「どうして抉り取ったんですか」
食い入るように言い放つ。
「その前に、それを聞いてどう思ったのか聞かせて」
再び顔を覗き見ると、穏やかな月の瞳に陰りが見える。だが詞音は特段気にすることなく、素直にただまずは理由が知りたいこと、いつも東京や名古屋に行っているにも関わらずテストの点数が良かったというのは尊敬しているということを告げた。その後、少し空白を置いて正直に言えば創作のような話だ、と思っていることを告げる。
「私が目を抉ったところを見た子たちは夢であってほしいって願っただろうね」
冷笑を見せた。
「けど、私が眼球を抉ったのは本当」
そう言うとゆららはおもむろに片手だけで眼帯を取り始める。詞音はじぃっと静観していた。
眼帯が解かれると、少し窪んだ瞼が姿を現した。
「ごめんね、本当は義眼を入れるべきなのだけれど今日はサボっちゃった」
詞音の内に心境は無い。ただ、目が入っていないと外からこう見えるのだな、という発見だけがあった。ゆららはそんな詞音の様子を一瞥し、
「それでどうして抉り取ったか、だったね」
と言い始める。詞音はこくりと頷いた。
「──見過ぎてしまった」
繋がる手に少し力が加わる。
「この世の本当の姿。東京の歌舞伎町とか名古屋の栄とか、あの辺りによく行っていた。そこに何があるのか詞音ちゃんは知っている?」
都会に出たことのない詞音でもその辺りが繁華街であることは知っているし、栄であれば以前両親にも連れて行ってもらったことがある。
「飲み屋街とか……ですか?」
ゆららは静かに目を閉じた。詞音は青色で高く上げられたまつ毛を夢中で見る。
「飲み屋街もそうだけど……いいえ、いいえ。あそこはそんな短絡な場所じゃない」
ゆららはカッと目を見開き、天井を仰ぎ見る。詞音は手が震えていることに気がついた。
「キャバクラ、ホスト、ガールズバー、パブといった水商売。いえ、違う、違う、あの子はもっと暗いところに居る!」
手の力が更に強くなり、詞音は思わず「ひあっ」と声を上げる。ゆららはこれに気がつくと慌てて手を解き、焦りながら
「ごめんなさいっ!」
と言い、しなやかな体躯で詞音を包み込む。深い接触に思わず肩をすくませ、心臓さえ抱きしめられたような感覚に陥った。
「ごめんなさい、ごめんなさい。詞音ちゃん、実はね。私は詞音ちゃんとあの子を──私が当時仲が良かった子を重ねている」
思考をさせる暇さえ与えさせずゆららは言葉を続ける。
「見た目だけだけれどあの子そっくりなの、詞音ちゃんは」
捲し立てるように、あるいは囁きかけるように語り始めた。