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まだ空が明るい。
ゆららがやって来たのはまた別の宗教の教会であった。始まりは江戸時代末期にまで遡る宗教である。その大教会に来た。玄関を上がり、畳の部屋に入る。賽銭箱のようなものにお金を入れ、この宗教の正しい礼拝をする。
すると、右横にある窓付きの障子を開けて居間から中年の小柄な男が出て来た。
「この度は参拝に来てくださってありがとうございます。よければお茶でもいかがですか」
ゆららは驚くことなく、「ぜひ」と一言告げ、居間に歩みを進める。互いに互いのことは知らないが、参拝に来るものは基本誰も拒まない。これがこの宗教の暗黙のルールだとゆららは知っていた。
中も同じく畳で、中央に四角い机、縁側に続く方の障子が半開きになっている以外は特に空調もついていない。
床に座ると、そそくさと準備された緑茶を差し出される。ゆららは一言「ありがとうございます」と告げた。
「丁寧な参拝でしたが、どこかの教会に属されてるのですか?」
「いえ、宗教学を嗜んでいる者でして。家は無宗教です」
こう言っても感嘆の声を聞くだけで無理な勧誘は無い。男は話題に困ったのか、あるいはゆららの容姿に物珍しさを感じたのか、
「随分と派手は格好をしているのですね」
と言った。ゆららは慣れているように、「えぇ」と言った後に上京して大学院生であること、今は実家に帰って来ていることを告げた。
「あぁ、ゴールデンウィークが終わってバス代が安いからとかですかね」
「それもありますね」
愛想笑いをする。それから出身と母校を告げ、男の出身を聞いて、どういう経緯で入信したのかの話を聞く。話しているうちにゆららが案外この宗教に詳しいことに気がついた男は喜んで身の上話や宗教の話をし始め、うんうんと面白がる素振りをしながらゆららは聞いた。どうやら男はそれなりに信仰心が強いようだ。
皆等しく絶対神の子であるだとか、その神は皆仲良く暮らすことを望んでいるだとか……。ゆららは笑顔の奥で感情を複雑に絡めていた。
男はあまりに自分が喋っているからと、突然に話題を変える。
「そういえば、どうぞお茶召し上がってください」
ゆららは一つ感謝を述べて、一口緑茶を飲んだ。何の変哲もない緑茶の味。けれど、湯呑みに口紅が着いて、ゆららは指で軽く拭く。机に置くと、湯呑みから立つ湯気を見つめた。
「陽気暮らし……私たちはできているのでしょうか」
突然顔を曇らせ、ゆららは問いかけた。
「東京はみんな知らない人です。私がこんな髪色をしていても、誰も見向きをしない。こっちに戻ってくると珍しいからみんな私を見るけれど……」
男は呑気に「まぁ、東京は人も多いですからね」と言い、ゆららはつまらなさそうに唇をとんがらせた。
「何をもって陽気とするのでしょうね」
吐き捨てるように言った後ゆららはお茶を飲み切り、「そろそろ時間なので」と立ち上がる。困惑する男をよそ目に「お茶、ありがとうございました」と述べてさっさと出て行った。