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発禁図書『重点管理事件一覧』を見つけたら

 

 古書の香りが漂う部屋で、私は手に取った一冊の本を見つめていた。古ぼけた黒い表紙には何の装飾もなく、ただ「重点管理事件一覧」という文字だけが金色で刻まれている。


 友人・佐藤の遺品整理を終え、遺族から感謝の言葉をもらったばかりだった。「上神さん、本当にありがとう。価値のある本も見つけてくれて」と遺族は笑顔で言った。彼らには言わなかったが、本当の価値ある本は今、私の手の中にある。


 佐藤が亡くなったとき、私は彼の蔵書整理を買って出た。同じ古書マニアとして、彼の持っていた本の価値を適切に見積もれるのは私しかいないと思ったからだ。少なくとも、そう遺族に伝えた。


「これは元警視庁公安部の人間が書いた発禁図書だ」


 そう噂される「重点管理事件一覧」を実際に見つけたとき、私の心臓は早鐘を打った。マニアの間では伝説の書とされ、その存在すら定かではなかった一冊だ。著者は死後に出版されるよう手配したと言われているが、発行後すぐに発禁処分となり、マスコミもまったく報道しなかった。なんらかの圧力があったというのがマニアたちの定説だ。


「これが本物だなんて…」


 私は椅子に深く腰掛け、ページをめくり始めた。冒頭には「以下の事件は公式記録から抹消されたものである」という文言があり、続いて日付と場所、そして事件概要が淡々と並んでいた。


 1972年、北海道の廃屋で見つかった逆さまに吊るされた七体の遺体。奇妙なことに、すべての遺体は警察が到着する前に消失したという。


 1985年、東京都心の高層ビルで発生した集団幻覚事件。同時刻に13人が同じ幻影を見て、そのうち7人が自ら命を絶った。残りの6人は24時間以内に行方不明になったとある。


 1993年、九州の離島で起きた奇病。島民全員が同じ夢を見るようになり、最終的には42人全員が眠りながら海に入っていったという。


 文章は簡潔で、公文書のような無機質さがある。だが、その内容は背筋が凍るほど異様だった。


 読み進めるうちに、私はある違和感に気づいた。ページをめくる感触が後半になるにつれて微妙に変わるのだ。手に取って紙質を確かめると、確かに後ろの方が新しい。


「おかしい…」


 発行履歴のページを見ると、発禁処分の日付の後に、手書きで日付が書き加えられていた。それは発禁処分から半年後の日付だった。


「これは…複製?それとも…」


 好奇心から、出版元を調べることにした。奥付には聞いたことのない小さな出版社の名前と、東京都内の住所が記されていた。


 翌日、私はその住所を訪ねた。辿り着いたのは新宿の雑居ビルの一室。ドアには「重森出版」と小さく書かれていた。


 鈍い音を立ててドアを開けると、中は古びた事務所だった。デスクに座っていた老人が顔を上げる。


「いらっしゃい、上神さん。お待ちしていましたよ」


 私の名前を知っている彼に驚きながらも、私は尋ねた。


「この本について知りたくて」


 老人は微笑んだ。


「その本を手に入れた人は皆、同じことを言う。もっと知りたいと」


「これは本物なのですか?」と私は問うた。


「本物も偽物もない。ただ、あなたがその本を読んだという事実だけがある」


 老人はそう言って立ち上がった。


「さあ、あなたの話を聞かせてください」


「私の…話?」


「ええ、あなたの見た不可解な出来事について。それがこの本の新しい章になるのです」


 老人の目が奇妙に輝いた瞬間、私は気づいた。この本は単なる記録ではない。読者自身が次の「事件」の***になるための罠なのだ。


 出口に向かって踏み出した私の足が、急に重くなった。窓の外を見ると、空が奇妙な色に染まっている。そして、誰かが私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 それは佐藤の声だった。


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