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『贋作をコレクションする女』

 男は多数のフォロワーを持つ、いわゆるインフルエンサーだった。


 普通の人より影響力のある存在だと自覚していた。企業や個人からの依頼を受け、時にはコンテンツをバズらせていた。


 しかし、あの着信音が鳴った日から、男は不吉な予感に囚われ始めた。届いたメールには、依頼人の写真が添付されていた。


 真っ赤な口紅を引き立てた美女。


 面会の日が近づくにつれ、不可解な雰囲気が彼を包み込んでいった。


「こんにちは」


 地元の霊園で待っていると、彼女は不気味な微笑みを浮かべて現れた。深青に輝く瞳、その笑みは何か邪悪なものを隠しているようだった。彼女は資産家らしい。


「あなたに探してもらいたい贋作があるの」


 彼女は大きな封筒と小さな封筒を差し出した。小さな封筒から覗く現金の束。中身を確認すると、200万円以上が入っていた。


「あなた、SNSでフォロワーが5万人以上いるんでしょ?私には限界があるの...」


 彼女は軽薄そうに微笑んだが、その目には悪魔のような輝きがあった。追い求める贋作が、何か邪悪な力を秘めていることを暗示しているかのようだ。


「有名な絵画やそれにインスパイアされた作品はたくさんありますね」


 男が言葉を紡ぐと、背後で不気味な風が吹いた。「ドリアン・グレイ」のような不吉な絵画について話した瞬間、肌がざわつく感覚に襲われた。


「その大きな封筒を開けてみて。有名な日本画家が描いた『雪女』の贋作よ」


 封筒から取り出した1枚の写真。ただの贋作とは思えない、不気味な魅力を放っていた。

 彼女の声はささやきのように響き、言葉には不穏な約束が込められていた。


「ドリアン・グレイは絵画に自分の老いを閉じ込めた物語なの」


 彼女の声は次第に歪み、不気味なエコーを帯びていくように聞こえた。

 動く絵、血の涙を流す絵。どれも実在するが、依頼人はそんな力を持った贋作を求めているようだった。男は、この探求が自分を未知の恐怖へと導くことを直感した。絵画の秘める不気味な力に、彼は引き寄せられていた。


「...わかりました」


 彼の返答に、彼女は予期していたかのように不気味に笑った。


「契約成立ね。封筒に契約書はあるわ」


 別れた後、男は契約書にサインをして彼女に送った。


(不気味な逸話を持つ贋作を探し、その情報を彼女に教える)


 前金でこれほどの大金を貰えるなんて。詐欺かもしれないと思いつつも、彼女とあの贋作写真の魅力に男は抗えなかった


 後日、彼女から例の「雪女」の贋作と手紙が届いた。絵の女が今にも飛び出してくるような迫力があった。手紙にはこう書かれていた。


 "コピーと言っても、私が探しているのはオリジナルを超えるものなの"


 男は興奮しながら、依頼人である魅力的な資産家のために贋作の探求に取り組むことを決意した。ソーシャルメディア上で依頼を匂わせ、フォロワーたちの興味を引くような投稿を始めた。急速に広がる噂と、不気味な要素を含んだストーリーが彼のフォロワー数を急上昇させ、彼は一躍有名になった。


「予想以上に注目されている...」


 男は情報をまとめ、依頼人である女性に贋作の情報を提供することになった。


 夜の霊園に立つ二人の影は、月明かりに照らされて不気味に揺らめいていた。古びた墓石が墓地を覆い、風が不気味に吹き抜け、枯れた木々が不吉なささやきを奏でていた。静寂に包まれた墓地に、異様な雰囲気が漂っていた。


 男はゆっくりと女性に近づき、A4サイズの紙を取り出した。普通の白い紙に、機械で印刷された冷たい書体。その文字自体が無機質で冷たく感じられた。女性は目を細め、紙を受け取った瞬間、墓地に不気味な存在が立ち込めたように感じた。


「これが贋作についての情報だ」


 彼の言葉が霊園に響くと、不気味な風が吹き、墓石の陰から不吉なささやきが立ち上がったようだった。女性は紙を手に取り、じっくりと見つめた。その瞬間、贋作の情報と共に不気味な力が彼女に宿ったように感じられた。


「流石ね... それに多くの人たちに広めたみたいね」


 彼女は不気味な笑みを浮かべ、小さな封筒を男に渡した。最初に渡されたものより厚みがある。思わず中身を確認する。


「こんなには貰え...」


 顔を上げると、彼女の後姿は闇に消えていった。


 数週間が経ち、依頼人である彼女との連絡が途絶えた。男は彼女の失踪に戸惑い、その存在が彼の心に不気味な影を落とした。


「まさかね」


 彼は贋作の所有者と連絡を取ろうとしたが、その所有者も突然失踪したという噂を耳にした。


 夜になると、部屋の温度が急激に下がる感覚に襲われ、遠くから聞こえるかすかなささやきを感じるようになった。目が覚めた男は、雪女の絵を見つめて呟いた。


「気のせいなのか」


 そしてある晩、彼の部屋に現れたのは、依頼人ではなく、何か異次元の存在だった。


 それは形を持たず、ただ不気味な輝きと不協和音のような声を放っていた。男はその存在から目を離せず、恐怖に飲み込まれた。正気を取り戻そうと部屋を出ようとするが、何かの力でドアノブが回らない。体当たりをしても、びくともしなかった。


 振り向くと、壁に飾られた絵画が次第に生命を帯び、不気味な姿を現した。絵画の雪女が恐ろしい笑みを浮かべ、男に近づき、彼を取り込むように見つめる。


 その瞬間、男は贋作の真の秘密を悟った。この絵画は魂を捕らえるのだ。彼の魂は絵画に引き寄せられ、その不気味な力に飲み込まれていくのを感じた。


 最後の瞬間、彼の魂は雪女の絵画に取り込まれた。絵画はより不気味な輝きを放ち、新たな魂を求めて次の犠牲者を待つことになった。


 男の失踪から数週間後、彼の部屋で何者かが目撃された。友人たちが部屋を訪れると、1枚の手紙を見つけた。そこにはこう書かれていた。


 "旅行に行きます。しばらく戻らないので、良ければこの絵画を貰ってください"


 友人の一人は丁寧に梱包された何かを手に、静かに部屋を後にした。


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