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『ジャメヴ婆(ばばあ)』

 ジャメヴ(未視感)とは、デジャヴの反対語である


 ジャメヴとは、フランス語で「見慣れたはずの事物がふと未知のものに感じられること」を意味する感覚です。日本語では「未視感」とも呼ばれている。

 

 東京の喧騒から離れた閑静な郊外。そこに、「ジャメヴアパート」と呼ばれる古びた集合住宅があった。


 主人公の佐藤美咲(28歳)は、SNSで見つけた格安物件に惹かれ、このアパートの一室を借りることにした。引っ越し当日、美咲は重いスーツケースを引きずりながら、錆びついた階段を上っていく。


 303号室。鍵を差し込み、ドアを開ける。


「え...?」


 部屋の中は、美咲の想像とは全く違っていた。オンラインで見た写真では、モダンでスタイリッシュな内装だったはずだ。しかし目の前に広がるのは、古びた和室。畳の上には、見覚えのない家具が無造作に置かれている。


「間違えたのかな...」


 美咲が確認しようと廊下に出ると、ドアが大きな音を立てて閉まった。慌てて開けようとするが、鍵が開かない。


「誰か、いませんか!」


 叫ぶ美咲の声が、不自然に廊下に響く。その時、隣の部屋のドアがゆっくりと開いた。


「あら、新しい住人さん?」


 現れたのは、白髪の老婆。しわくちゃな顔に、薄気味悪い笑みを浮かべている。


「私はジャメヴと呼ばれているの。ようこそ、私たちの世界へ」


 老婆の言葉と共に、廊下の景色が歪み始めた。壁紙が溶け、床が波打つ。美咲は悲鳴を上げながら、自分の部屋に逃げ込もうとする。しかし、開いたドアの向こうは、もはや彼女の知る世界ではなかった。


 部屋の中は無限に広がる迷路と化していた。天井からは液体のようなものが滴り、床には見たこともない生き物が這い回っている。美咲は恐怖に震えながら、出口を探して歩き始める。


 しかし、どれだけ歩いても、同じような景色が続く。時折、鏡のような表面に自分の姿が映るが、見知らぬ人間の顔のように思えた。


「ここがあなたの新しい家よ」


 ジャメヴ老婆の声が、どこからともなく聞こえてくる。


「見慣れたものを未知のものに変える...それが私たちの仕事なの」


 美咲は叫び、走り、泣く。しかし、この歪んだ世界から抜け出す方法は見つからない。彼女の記憶の中の「普通の世界」は、もはや存在しないかのようだった。


 数日後、美咲の両親が娘の様子を見に来た。303号室のドアを開けると、そこに女性が座っていた。


「美咲...?」


 両親が声をかけると、その女性は首を傾げる。


「美咲?私はジャメヴ。ここに住んでいます」


 彼女の目は、かつての美咲の輝きを失っていた。両親は混乱し、アパートの管理人を呼ぼうとする。しかし、廊下に出た瞬間、彼らもまた、歪んだ世界に引きずり込まれていった。


 ジャメヴアパートは、今日も新たな住人を待っている。見慣れた日常を、永遠の未知へと変えるために。

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