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『ピザじゃねぇよ!ピッツァだよ!』

 キッチンの片隅にある古びた机の上に、ある書物が広げられていた。その書物は黒革で装丁され、赤い文字で書かれていた。それは有名なピザ職人のフランクの欲望を満たすものだった。


 フランクはその書物に夢中になっていた。その静かな狂気の中、妻のリンダの足音が聞こえた。


「フランク、晩ご飯の用意してる?」


 リンダの声が響くと、フランクは急いで書物を閉じ、机の上に置いたシーツで隠そうとした。


「あ、リンダ、ちょっと待ってて。今、準備しているよ」


 フランクは焦りを隠せない声で言った。


 リンダは不思議そうな表情を浮かべながら、机の上のシーツを覗き込んだ。彼女の瞳がその書物に触れると、不穏な空気がキッチンを支配したかのように感じられた。


「フランク、これ…何?」


 リンダの声は戸惑いと恐れを含んでいた。


「こんなものをどこで手に入れたの?」


 フランクは言葉を詰まらせ、喉が渇いたように飲み込んだ。


「それはただの本さ。興味深い内容があってね…」


 リンダの目は警戒心を帯び、彼女はフランクをじっと見つめた。


「フランク、あなた、大丈夫なの?最近、変わったわね」


 フランクは深いため息をつき、彼女の手を取った。


「ごめん、リンダ。ちょっと夢中になりすぎたかな。これから晩ご飯の用意するよ、約束するよ」


 リンダはしばらくフランクを見つめた後、深い溜め息をついてキッチンを出ていった。フランクは胸をなで下ろし、その禁断の書物を再び開くことをためらったが、彼の中の好奇心と執念が再び本を開かせた。


 トントン


 鈍い包丁の音がカウンターの上で響き、静かなキッチンを満たしていた。フランクは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした。彼の心臓は興奮と恐怖で激しく鼓動していた。ピッツァ、それが彼の全てだった。


「俺が作りたいのはピザじゃねぇ...ピッツァだ」


 フランクは独り言を呟いた。


 かつてはピザとして知られていたものを、フランクはピッツァとして再定義しようとしていた。彼の心は、伝統的なピザを超える何か、新たなる食の境地に到達することを望んでいた。


 彼のレシピは神秘的であった。普通のトマトソースとチーズではなく、未知の材料と味覚を組み合わせることで、ピッツァを新たな高みへと導こうとしていた。しかし、その過程は何か邪悪なものに変わりつつあった。


 フランクの手は、包丁を持つたびに異様な震えを感じた。彼の考えは混乱し、ピッツァ作りの執着が心を支配し始めた。


 リンダはキッチンに戻り、フランクの肩を軽く叩きながら微笑んだ。


「ねえ、今日ってもしかしてピザなのかな?って思ってるんだけど、どう?」


 フランクは一瞬、顔をしかめたが、それから不気味に微笑んで答えた。


「ピザじゃなくて、ピッツァだよ」


 リンダは首をかしげながら笑った。


「え?何が違うの?」


 フランクは熱心に説明を始めた。


「ピッツァというのは、ただのピザじゃないんだ。新しい食の概念なんだ。伝統を超えた、進化したピザ。トマトソースとチーズだけじゃなくて、新しい味、新しい概念なんだ」


 リンダは理解しきれない様子で笑いながらフランクの話を聞いていた。


「わかったわかった、でも今日は普通のピザが食べたいの」


「ピザじゃねぇよ!ピッツァだよ!」


 フランクが語気を強めて言った。目は吊り上がり、今にもリンダを殴りそうだった。


 リンダの笑顔は次第に固まり、驚きと戸惑いを同時に感じた。フランクの表情が一変し、その語気が荒くなるのを見て、彼女は退避するような仕草を見せた。


「フランク、何言ってるの?冗談でしょ?」


 彼女の声には緊張が滲んでいた。


 フランクの瞳は熱に浮かび、彼の手が少し震えていた。


「いや、冗談じゃないんだ。ピザとピッツァは全然違うんだよ!ピッツァは進化した食の概念なんだ!」


 リンダは慎重に後ずさりし、彼の急な変化に戸惑いを隠せなかった。


「フランク、冷静になって。何が起きてるの?」


 フランクの顔には抑えがたい狂気のような光が宿っていた。


「ピザじゃないんだ!ピッツァなんだよ!」


 彼の声は高まり、部屋の空気が急速に重くなった。


 リンダは驚きと恐怖で息をのんだ。


「フランク、あなた、正気じゃない!」


 しかし、その言葉に対する反応はなかった。フランクはまるで自分だけが理解しているかのように、独自の世界に取り込まれてしまっていた。その瞬間、リンダは彼の変貌に対処する方法を見失った。



 ある晩、フランクは自身のキッチンでピッツァを焼いていた。オーブンから出した瞬間、彼の世界は狂気に染まった。ピッツァの表面に奇妙な模様が浮かび上がり、彼は自分自身が深みに引きずり込まれていくのを感じた。


 それは彼の手が作り出したものではなかった。彼が呼び出した存在がピッツァの中に宿っていた。彼の狂気と執念が食べ物の中に宿り、それが彼を支配していく。


 キッチンの中で異次元の匂いが漂い、フランクは興奮と恐怖に包まれながらも、そのピッツァを食べざるを得なかった。彼は噛むたびに、自分の魂が何かに引き裂かれていくのを感じた。


「リンダ...君は素晴らしいピッツァになったよ」


 その後、フランクは姿を消した。彼のキッチンでは、未完成のピッツァが静かに並べられ、誰も彼の運命を知る者はいなかった。ただ、不気味な模様が焼き付いたピッツァが、彼の手で作り出された恐るべき物語の証拠として残されていた。

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