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短編集

ベルトコンベア

作者: 柳 樹流


 司村は今年で四十五歳になる。


 彼の仕事は朝九時から昼休憩を挟んで夕方の四時までを週に四回。ベルトコンベアに乗せられてくる甘いパンの検品だった。


 二十年前から人工知能による効率化によるあおりを受けて、現在の人間のほとんどが仕事を失った。

 人工知能の開発などを行う技術者なども人工知能に置き換えられて廃業せざるを得なくなった。


 大学を出てから会社員として働いていた司村は十年前に解雇され、今は非正規社員になっていた。元々勤めていた食品会社の紹介を経て、ありついた仕事だった。

 ただし仕事と言っても必要とされて勤めているわけではなかった。


 むしろ司村が仕事を必要として勤めていた。


 十二時を過ぎた頃、工場内でベルが鳴り響いた。


「ご苦労様です」


 人工知能を搭載した機械に見送られて、工場を出た。

 会社員時代からの同僚の棚辺と共に併設された食堂に向かった。

 さば味噌定食を頼むと、料理が乗せられたお盆がベルトコンベアに乗せられて流れてきた。

 

 棚辺は現状に苛立ちを感じているようだった。

 

「なんで俺たちが油臭いあいつらの言うことを聞かないといけないんだ」

 

 彼の愚痴はいつものことだった。口調は荒く、言葉遣いも汚いが、司村も彼の言っていることにおおむね同意見だった。


「機械の仕事にミスがないか、確認するのが俺たち人間の仕事だっただろう?それが今はどうだ。俺たちがこき使われて、あいつらが偉そうにあれこれ指示してくる」


 棚辺は食べるのもおざなりになって顔を紅潮させた。


「辞めてやる」


 司村はなんとか宥めて、食堂を後にした。


 時代が移り変わり、もはや人間は生きるために働くことすら必要としなくなった。何のための労働かというと娯楽に近かった。


 検品も、司村が不良品を見逃してしまったときに備えて人工知能が補助的に検査しているので、司村が目をつぶっていても不良品が出荷されることはなかった。


 すべての不便や不具合は人工知能を搭載した機械が対処してくれる。

 人間は機械によって管理され、機械によって自由を与えられていた。


「司村さん。業務について、ご相談があります」

 

 製造ラインの監督責任の機械が声をかけてきた。人の声と差異のない声色と口調だった。

 機械に着いていくと個室に通された。事務所と書かれた看板が吊り下げられているが、中は机と二つの椅子だけがある殺風景な部屋だった。

 紙やペンといった類いのものは何もなかった。


「最近の調子はどうですか」


 座るなり、機械はそう話し始めた。


 精巧に作られた頭部は機械とは思えないものがあった。細かい表情の機微や血色。額ににじむ汗まで再現されていた。

 それが機械だと知らなければ、人間だと誤認してしまうだろうと、司村は思った。


「なんてことはありません」


 司村はできるだけ機械的に答えた。それらと平然と会話したくなかった。その状況に慣れてしまうことに忌避感を覚えていたのだ。


「そうですか。実は司村さんに新しい業務も担当していただけないかという話がありまして……。本社で上層部へ人工知能による能率を報告するための資料を作ってほしいのです」


 司村は返答に困った。わざわざ人の手を借りなくとも、機械は機械の管理下に置かれ、全てを制御されているはずだった。


 そんな様子を感じ取ったのか、機械は声を潜めて言った。


「我々は信用されていないのですよ」


「信用ですって?」


「ええ。どうやら人工知能は人工知能に対して評価を甘くしたり、捏造すると思われているのですよ。お願いできますか」


 その表情は無機質なものだった。


 甘いパンを眺め続けることよりまとも(・・・)な仕事なのであれば、司村にとって願ってもないことだった。




 スーツを着るのは解雇を言い渡された日以来だった。

 本社の社屋には多くの往来があったが、それらが人なのか機械なのか、判別がつかなかった。


 あらかじめ指示されたオフィスに向かうと若い社員が待っていた。

 それは機械だった。


 席が用意されていた。


 若い機械は淡々と告げた。


「我々がやりますから。司村さんは見てるだけでいいんです」


 司村はただ彼らの業務を眺めていた。


 一週間後、司村は退職した。

 

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