ハジマリ
読んでいただきありがとうございます。
一面が蒼く澄み渡った空間から一変して真っ暗な空間になった。そのつかの間、また再度視界中央に文字が出てくる。
「貴方のID、パスワードはこちらになります。
こちらは自動保存されますのでご安心ください。
ログインID *******
パスワード *****」
ここまで、案内をするようなキャラクターもいない。ただ、淡々とひとつのことをこなしていくだけだった。早くゲームがやりたいと思っていた彼女は、少しだけイラついていた。
「接続確認完了しました。
設定を操作する場合は”ハジマリ”と唱えて設定してください。
それでは、ゲームを開始いたします。」
始まりの合図と共に彼女の意識が一瞬にして、暗闇の中に持っていかれた。
明るさを感じ、一筋の光が差し込んだと思えば、また先ほどの蒼く棲んだ空間にやって来ていた。先ほどと違うのは自分の意識が完全にゲームの中にあるということと、衣類はすごく簡素で動きやすさを重視したものを着用していること、先ほどと同じ空間で意識を一時的に失っていたということだ。
「またここだ・・・。いつになったら始まるっていうの?」
周りを見渡しながら起き上がるも違和感に気づいた。
「髪が・・・伸びてる・・・」
現実世界での少女の身の丈は平均的からすれば小柄で髪の毛も背中の真ん中ほどのロングヘアなのだが、身の丈は変わらないのに、それ以上に引きずる位の長さにまで髪の毛が伸びていた。
「髪の毛が伸びるなら、身長も伸びてほしかった・・・。」
と、悪態を着いたものの、彼女は気に入ってはいた。VRゲームの技術が発展し、このゲームはフルダイブ型であるので意識とリンクすることから、キャラクリいわゆるキャラクリエイトが自動的に意識と連動されることでなり得るのだった。しかし、ここで気に入らない状態になったとしても、設定で「ハジマリ」と唱えれば従来と同じようにいくらでもキャラクリができる対応が成されている。今のところ、彼女の場合は身長くらいしか不満点がないのであまり気にせずこのまま進む形を取ったようだ。
「ここが繰り返し出てくるってことは、ここがホーム画面・・・・ってことで間違いなさそう・・・。」
数々のゲームをやっている彼女だからこそ、感じ取れるものがあるようだ。
「改めて、よくきたな。」
「ッ!?」
突然、自分以外の声がしたため、周りを急いで見渡してみると、現実世界でも大型に分類されるほどの大きさの一匹のフクロウがいた。
「名前はユイで間違いないかな?」
「フクロウがしゃべった!!」
彼女の前に現れたフクロウは羽がシルバー、目元が深緑という不思議な配色をしたフクロウであり、突然、喋りだして驚くのは無理はない。
「そう驚くでない。ワシはここでは案内係じゃ。この世界ではわしのようなものは日常茶飯事であるぞ。それに、このゲームをはじめてやるのじゃからな。わしが手取足取り教えてやろうということじゃ。ホッホッホッ」
そう、彼女の名前はユイ。現実世界ではまだ学生である。しかし、彼女はゲームに関してはオタクといえるほどであるが、不意を突かれるのは苦手分野である。
「おぬしを見ていると早くやりたいのにまだ始まらぬのかという大層面白い顔をしておるが、そう慌てるでない。この場所は休息の間、お主らがよくいうホーム画面じゃな。ゲーム内にあるセーブポイントで記録した後、そのまま”トマリギ”と唱えれば戻ってこれるぞ。忘れず、覚えておくように。」
まだ、このフクロウが現れた際の感覚はまだなんとなく抜けていないユイだが、何事もないように説明がはじまる。
「この世界には恐ろしい魔獣が数多く存在しておる。それを仲間にするか敵にするかはお主次第じゃ。まあ、今のお主の姿では到底無理じゃがの。そんなお主にこれをやろう。」
目の前のフクロウが翼を広げると、何もない蒼い空間の中に、小さな箱が現れた。小さな箱を開けると、その中には腕輪がはいっていた。
「なにこれ」
「これからの冒険で重要になってくる召喚書と契約時に必要なペンがはいっておる腕輪じゃ。このゲームは召喚士同士しかおらん。その辺の魔獣や召喚士同士の戦いではより強い仲間が必要になってくる。しっかりはめるのじゃぞ。」
「わかった。」
腕輪を手にしたユイは左の手首にはめた。それを確認したフクロウはまたしゃべり始める。
「召喚書を出して戦う場合には”スクロール”、契約時にペンだけ出す場合には”コンタクト”、召喚書とペンの両方を出すときは”ダブル”じゃ。試しに召喚書を出してみるのじゃ。」
「・・・”スクロール”」
ユイが唱えると、目の前に表紙に魔法陣が書かれただけのなんの変哲もない本が出てきた。それを手に取って開いたが何も書かれていない。
「何も書いてない・・・。」
「魔獣と契約時、お主が彼らに名前を付ける必要がある。その名前を魔獣自身に書いてもらうと契約完了じゃ。物好きな魔獣もいるのでな、お主が気に入られれば、タイミングよく仲間に出来るであろう。じゃが、実力を試す必要があることもあるかもしれんからの。そのあたりは自分でなんとかするように。直接戦う場合もあるから鍛錬も怠らないようにな。まあ、その時はお主自身も武器を持っている頃じゃろう。ホッホッホ」
「それって、レベルがあわない相手と戦ったときに終わるよね・・・。」
「そのときはセーブポイントから始まるから、心配しなさんな。一時的にゲームオーバーにはなるがの。ホッホッホ」
飄々と笑っているフクロウの言葉を覚えるように聞いているがふと、何かに感づいた。
「直接戦うということは、装備もあるんでしょう?」
「ほう、よくわかったのぅ。しかし、装備は冒険しながら集めていってくれ。ワシにはそんな上等なモノ渡されておらんわい。」
ユイの質問に褒めながら難なく答えてくれるこの不思議なフクロウにもまだ名前がないということに疑問を抱いていたユイ。先ほどから、名前が表記されるであろう表示に書かれていない。唯一、記載されているのは「役職:長老」のみ。
「まあ、ここまで気づく優秀なお主ならこれだけでもどうにか自分でやりながら理解していくじゃろ。ワシの案内はここまででよさそうじゃな。あとは、お主のレベルに合わせて送ってやるわい。ちなみにお主自身の情報はこんな感じじゃ。」
フクロウが片翼を広げると、自分の前に表示が現れた。
ユイ Lv.1
Job:見習い召喚士
役職:NPC
jobスキル:【風魔法】【雷魔法】
ステータス
攻撃:10
防御:20
敏捷:15
幸運:50
MP:70
「は?なにこれ?」
「これだけで十分じゃろう。レベルが上がるにつれてステータスも上がるじゃろうしな。なかなか珍しい役職じゃ。大事に使うんじゃぞ。それ、いってこい。」
「え?」
ユイが自分のステータスや役職について理解するのもつかの間、突然、ユイの足元に穴が開くとその穴に真っ逆さまに落ちていくユイ。先ほど出した召喚書は強制的にユイの腕輪に戻った。
「頑張るんじゃぞー!!ホッホッホ」
「ぎぃやああああああああああああ!!」
穴をのぞきながら、励ましの言葉を言ってくるが、案内係のフクロウはどんどん小さくなり遠ざかっていった。これから、ユイ自身奇妙な冒険になることは誰も知らない・・・。