if ひとりごと ⑨
りんご飴を探して歩き出した私達に向かってガラの悪い連中が歩いてくる。祭りを楽しんでいる群衆を蹴散らすように周りに睨みを聞かせながらまっすぐ私達に向かってくる。田舎はこれだからとボヤきたくなるなるが、その田舎が私の生まれ故郷で楓の生きる世界なのだ。
「さくらこー、今日は一段といい感じだな」
語彙力がない。流石中学を出て高校にも行かず、と言うか行けずに実家の工務店の二代目面で子分を連れて暴れるしか能のない山中 史樹だけのことはある。幼稚園から私と一緒で事あるごとに絡んでくるが、こんな田舎でよくもまあこんなに粗暴に育つものだと感心するぐらい品がない。
私が小学生の頃にはガキ大将として、同級生を殴るは叩くは好き放題やっていたがどれだけ成長しても行動理念が変わることがない。人を叩く事が出来る選択肢がある人間はそれを辞めることが出来ないようで中学時代はもちろんこうやって曲がりなりにも社会の一員となっているはずなのに変わりはしない。
「あんたはいつまでガキ大将やってるの?」
思ったことを口にする。こいつは私にだけは手を出さない。口は悪いし態度も悪いが、他の人間にすることを私にはしてこない。周りからは私に対する好意の現れだと言われるが、本当に勘弁してほしい。お山のガキ大将かサル山のボスか知らないがこんなのに好かれる謂れは私には無い。
「その目で睨まれるとゾクゾクするぜ」
呆れて言葉も出てこない。私の三白眼に睨まれるのが好きらしく、昔から私の機嫌を損ねるような事を言ったり、やったりして私に睨まれては悦に入っている。
「頭の悪いのは分かったから、私達のことは放っておいてあんたらはお祭り楽しんで来なさいよ」
わたしの隣の楓を見て史樹は機嫌が悪そうだ。楓が私のお婿さんになると公言しているだけあって近所でも私達のことは有名と言うか、もうそうなるものと噂されているらしくこいつの耳にもしっかり届いていることだろう。
「こんなチビのお守りしてないで、俺と花火見に行こうぜ。今年はとびきり盛り上がるぞ」
毎年恒例の仕掛け花火がもうすぐ始まる。その年その年のメッセージが花火で描かれるのだが、何故か街中の人々が集まってそれを楽しみにしている。私が医学部の受験勉強で頑張っていたときには父がお金を出してメッセージを選んだそうだ。
桜子、受験勉強頑張れ!と描いたらしい。当の私は受験勉強で部屋に引きこもっていたので全く見ていないし興味もないのだが、そこからはもう趣旨がおかしくなってプロポーズに使ったり、告白に使ったりと訳のわからないことになっているそうだ。
「私と私のお婿さんのことは放っておいてもらえる?」
史樹が口をパクパクさせている。池の鯉が餌をもらうときのようだが、私はこいつに餌をやる気はさらさら無い。
楓もびっくりしているのか私と史樹の顔を交互に見ては困惑の表情だ。
「い、いつからそれとそうなった」
本当に頭が悪いのだろうか。混乱しているのだろうが名詞も主語もあったものではない。私としては史樹のことは好きではないし、楓のほうが何杯も可愛げがある。たまに生意気だと思うことがあるがなんだかんだで私は楓が好きなんだと思う。
「具体的には今日からで、潜在的にはもっと前からよ」
いい気分だった。私はやっぱり性格が悪いと心底思うが、それでも楓は好きと言ってくれるだろうし改善しなくても大丈夫だろう。
「そいつのために浴衣まで着ているのか」
史樹が私を指さしてくる。指を指すなと大人に注意されたことがないのだろうか。親の顔が見たいとはまさにこのことだが、残念ながらこいつの親の顔も知っている。
「そうよ、このお面も楓に買ってもらったのよ。似合うでしょう?」
勝ち誇る様に胸を張る私を止めたいのか、楓は私の浴衣の袖を引っ張ってくる。楓も楓で人見知りが凄いので、余り周りの人と円滑に会話が出来ないのか、史樹の見た目が怖いのでビビっているのだろうか。
「あ、あ、ああ!、ああー!」
ああ、史樹が遂に壊れてしまった。好きじゃないからと意地悪しすぎたのだろうか、子分2人が呆然としている中、本殿の方へ走り出して行ってしまった。暫くの沈黙の後に子分2人が情けない声を出して追いかけていく。
「あやきさーん、待ってくださいー」
絵に書いたような腰巾着ぷりで情けない。まあ子供の頃から子分で、今じゃ工務店二代目の腰巾着とは。
さて、からかって遊べたし、勝利宣言も出来たことだしりんご飴を探しに行こう。
「桜子姉さんはなんで怖くないの」
楓が私を腫れ物でも見るかのように見つめてくる。やりすぎてしまって嫌われたりしていないだろうかと急に心配になってしまった。
「私、性格悪い?」
楓はブンブンと首を横に振って否定してくれるので、胸を撫で下ろした。楓の頭を撫でて落ち着きを取り戻す、私も何だかんだでこうしているのが好きなようだ。
「桜子姉さんの事は怖くないけど、やってることにはヒヤヒヤする」
思考や行動が男前なのに争いごとになると年相応の男の子なのだろうか、私の方は幼馴染がガキ大将なだけで怖くもなんとも無いのだが。
「私は好かれているらしいから、あいつから被害を受けたこと無いのよ。だから怖くないの」
呆れたように楓は頭をかいて、その後顔を押さえて考えふけっている。そして言葉を選ぶようにポツポツと話し出した。
「だからって、あんまり、人に酷いこと言っちゃいけないと思うよ。どんな人だって、傷つくよ。僕も、あんな事やられたら嫌だもの」
史樹の事が嫌いすぎてついついやりすぎてしまった。楓も居るし今後は心配をかけないようにしようと反省をしつつ、この平和主義で優しい王子様をそっと抱きしめた。
私の胸元に顔がジャストフィットしているので楓の顔が真っ赤になっている。やりすぎると鼻血でも出して倒れそうなので、程々にしておく事にした。
「心配かけてごめんね楓。これからは気をつけるわ。ありがとう」
また楓の頭をひと撫でして当初の目的を思い出しながら楓と手を取り合って歩き出す。やっと自然に手を繋いて歩けるようになって様になってきたと思う。
「りんご飴2人分買って、少し見たらお家に帰りましょうか」
楓は無言で私に笑顔を向けてくれる。そうだ、私にはいま楓がいるからそれでいい。