if ひとりごと ⑦
境内は人でごった返している。楓とはぐれたら一大事になってしまうから、指を絡めて強く手を握った。楓も私の手をしっかり握って久々の外出に少し気後れしているのだろうか。
「大丈夫?、もう少ししたら仕掛け花火が始まるからその頃には少し落ち着くはずよ」
楓も私の気持ちを理解しているようで、私に精一杯の笑顔を向けてくる。
とは言えなかなかの人混みだ。お祭りと言えば何から始めるのがいいのだろうか。とりあえず腹ごしらえか、格好から入るならお面?。いや、流石に楓もお面はいらないだろうと苦笑してしまった。
「お祭りって結構混んでいるんだね。どうしたの?、桜子姉さん」
苦笑している私を見て楓が不思議がっている。また楓の頭を撫でながら私は自分が馬鹿な考えをしていたことを打ち明けた。
「お祭りって何から回るのが良いのか考えてたんだけど、流石にお面は要らないわよね?」
楓は近くのお面屋さんの屋台を眺めながら、男の子向けの戦隊ヒーローや正義の味方のお面、女子向けの魔法少女のお面を眺めて、その中から狐のお面を指さした。
「これなら、桜子姉さんに似合うんじゃない?」
白い顔に赤い大きな口、金色の目に真っ赤な耳。なんでこれが私に似合うのだろうか、私はこんなに意地悪そうな顔をしているのだろうかと眺めながら考えていると、楓は店主とやり取りをしていた。
「買っちゃったの?」
私が目を話した隙にと溜め息がこぼれる。変なところで行動力があるのはこの子の不思議なところだ。楓は私のため息を気にしてか申し訳無さそうに上目遣いで戻ってきた。
「嫌だった?」
嫌とか以前に欲しがっていなかったのだけど、多分いらないって言ったら意地悪な女を通り越して嫌な女になってしまうのだろう。
「そんなに申し訳無さそうにしなくてもいいわよ」
私は受け取った白面の狐の顔を上から下からといろいろな角度で眺めながら、やっぱり私に対する楓の印象はこんな感じなのだろうかと考えてしまう。下から見たときなどはなかなかに性格が悪そうだ。
「なんか漫画とかで読むお祭りって、こういうの付けてない?」
ああ、なるほど。たしかにこんなお面を側頭部につけているのは創作でよく見るなと思い至った。私なりのイメージでそのように取り付けてみるが意外と安定しないので、私が苦戦していると楓が背伸びをしながら私の頭に手を伸ばしてくる。私のほうが頭一つ分大きいから楓も苦慮しているようだが、なんとか納得の角度に収まったようだ。楓が満面の笑みで拍手をしてくるので、こうなると尚更要らなかったとは言える雰囲気ではない。
「ありがとう。似合っているの、私?」
うーんと唸りながら楓は私の周りをぐるぐると周って確認している。唸るくらい悩むなら買わなくてよかったんではないかと思うが、ピョンピョンと跳ねながら一生懸命に上からも見ようとしてくるのは微笑ましいと思える。
「うん、なんかかわいい」
なんかとは何だと思い、思いっきり楓の頬を引っ張って楓の笑顔を崩してやる。楓は頬を引っ張られながら私に何か意見があるようだが何言っているのかわからないのをいいことに私は自分の言いたいことを言わせてもらった。
「あのね、なんかはいらないの。可愛い似合ってる素敵でいいのよ。もし、ちゃんと似合っていたのならね」
やって離してもらえた頬を擦りながら楓はまたやれやれと言ったような顔をする。
「うん、似合ってるよ。桜子姉さんの髪の毛黒くてきれいだから、こういうの似合うと思ったんだよね」
この子は本当に一言余計だったり、その一言にドキッとさせられたり一緒にいて飽きることがない。
一頻り楓で遊んでいたらだんだんとお腹が減ってきた。晩飯時も過ぎているしこの匂いの中で私のお腹が鳴ってしまったが、楓には聞こえていないだろうか。楓も楓でお腹が空いてきたようで、さっきから食べ物系の屋台が気になっているようだ。
「お祭りといえばたこ焼き、焼きそば、焼きとうもろこしとかかしら」
楓が狐のお面を買ったんだから、もうお祭りと言えばとコレと言うやつで楽しんでみよう。私個人は焼きとうもろこしなのだけど、楓と一緒ならたこ焼きとかなら二人で分けて食べることも出来るし、あーんっと、食べさせてあげることも出来るだろう。これはなかなか悪くないのではないだろうか。
「僕はたこ焼きがいいかな。マヨネーズのやつ」
以心伝心とはこの事かとほくそ笑みながら、マヨたこを探して楓と屋台通りを散策する。
「おお、桜子。楓」
父だ。そういえばお祭りの実行委員で母と二人で朝から出かけていたっけ。恐らく昼から飲んですっかり出来上がっている父にはあまり会いたくなかったのだが、楓と二人で楽しく過ごしていてこの駄目親父の存在を忘れていた。
「お母さんは?」
どうせ飲み会の準備や手伝いで右往左往しているだろうが、一応聞いてこう。父は隣のテントを指さして答えた。
隣のテントでは焼き鳥を焼いているようで、母が町内会の女性陣と一緒にタオルで汗を拭きながら串を裏返しタレをつけ、出来上がったのを配って暑そうに働いている。母の髪が汗で濡れているのを見て、父の不毛の大地と言える頭頂部を見比べるとなんとなく腹が立ってくる。
「お父さんが焼いたほうがいいんじゃない?」
ビールを呑み、焼き鳥を流し込みながら父がなんで?という顔をしてくるので、言いたいことだけ言ってしまおう。
「その頭ならタオルいらないでしょう」
父の周りで大きな笑いが起きているのを聞きながら私を歩きだしていた、ここからさっさと居なくなってしまいたい。娘は成長とともに父のことが嫌いになると言うが、昔から無責任な父が好きではない、その父に公私ともに献身する母の事にも疑問がある。私が医者になるのは既定路線だと言われて育ったからかもしれないが、女性だからと一歩後ろを歩く感じの母を見ているとああはなるまいと考えてしまう。
楓は私に手を引かれながら私の父と母に手を振ったり、軽く頭を下げたりしている、自称お婿さんだからってそんなに気を使わなくてもいいんじゃないかと思う。
「早く私達もたこ焼き食べましょう。お腹すいてる時にあんなのに遭遇したら腹立ってきたわ」
楓は私が父と母があまり好きではないのを知っている。だからこそ私の面倒を見ると言って私から二人を遠ざけてくれたり、今もこうやって笑っていてくれるのだ。いや、なんで笑っているのだろうか。
「桜子姉さんのお腹は空いたり立ったり鳴いたりと大忙しだね」
ああ、そういう事か。さっきお腹が鳴っていたの聞いていたなと思いつつ、楓の感性が私を癒やしてくれるのが本当に心地よい。
「ホントね、さっさとなんか食べてこのお腹を休ませてあげましょう」