if ひとりごと ⑥
雨が上がり黄昏時を過ぎてやっと過ごしやすい気候になってきた。遠くで聞こえるひぐらしの鳴き声を聞きながら、私と楓の二人で歩いている。
そう言えば昔もこんな感じで歩いた事が有った。あの頃の楓はまだ不整脈が酷くなくて、一緒に出かけることも出来てたっけ。私としては10歳になったばかりの従弟と出かけたというよりは、大人たちがお盆に集まって昼から大宴会を開いているから小さい子のお守りをやらされた気がして少し詰まらなかった。実際楓も大人しくて私の後ろをついて回っていただけだけど、あの頃は今と違って可愛げがあったような気がする。まあ、今では違った趣があると言うか何と言うか。
「楓が小学生だったころもこの道歩いたわよね」
私が過去の楓の事を思い出しながら話しかけると、昔よりも私の近くにいる楓はにこやかに答えた。
「そうだね。小川を見に行ったり、カブトムシやセミを捕まえようって頑張ったよね」
楓は特に頑張っていなかったような記憶だが、触れないとか言って私が捕まえたんではなかったか?。
「私が頑張った記憶しか無いけど?。あなたは触れないって言っても見せただけで逃がしちゃったでしょ」
楓はそうでしたっけと言わんばかりに自分の頬をかきながら苦笑している。黄昏時から段々と夜になっていくに連れて、遠くのお祭りの明かりが見えてくる。神社の境内に向かう階段に提灯が並び、なかなかの雰囲気だ。
「あの頃の楓はおとなしかったわよね、今と違って」
ちょっと意地悪な言い方をした気がするが楓はへそを曲げてたりしないだろうかと、少し楓の様子を気にして見た。楓はと言うと先程までの苦笑からコロっと表情を変え笑顔で答えた。
「僕は緊張してたんだよ、桜子姉さんはきれいだから。だからおとなしかったんだと思うよ」
また歯の浮くような台詞をと思い、楓の脇腹に手を伸ばし思いっきりくすぐった。身動ぎしながら抵抗する楓を見て、また少し安心する。今日は本当に調子が良くてよかった。
「あなた、あんな小さい頃からそんな事考えてたの?」
くすぐるのを止めて、また歩き出しながら楓に質問を続ける。
「歳は関係ないでしょ。僕の初恋だもの」
ドキッとして振り返ると楓はまたくすぐられるのかと身構えている。変なことを言うからもうそういう雰囲気でもなくなってしまった。何も言わずに楓に手を差し伸べた。楓も何も言わずに握り返してくるが、指を絡ませてこない辺りまだお子様だ。
「いつから好きだったのよ」
もう楓の顔は暫く見れない気がする。私の顔は赤くなっていないだろうか、楓は気がついたりしていないだろうか、夜の帳も落ちて街灯も疎らな田舎で助かった。落ち着く時間がほしい。
「うーん、多分あの日からだよ」
多分とは何だと少し腹が立ったがあの日も色々とあったのだった。初めて楓が片頭痛を起こしてさっきまで私にカブトムシやセミを押し付けられて走り回っていた子が前触れもなく泣き出して。いや、私は虫嫌いの子に意地悪しすぎたと思って肝を冷やして駆け寄ったら楓が頭を抱えて、痛い痛いと泣き出していたんだった。
「そうね。あの日は大変だったわ」
急に泣き出していた従弟に私も混乱して泣きそうになってしまったが、なんとか気持ちを切替えて楓をおんぶして家まで走って帰った。すっかり出来上がっている酔っぱらいの父たちを目にした時には、私の気持ちも楓のことも蔑ろにした大人たちが嫌だったのか、やっと大人のいるところについた安心感だったのか分からないが涙が溢れて怒鳴り散らしながら楓を助けろと騒いだのだった。
「あの日はね、桜子姉さんが泣いてるの嫌だったんだ。僕が泣かせてしまったから、こんなきれいな人を泣かせちゃいけないって」
王子様になるにはちょっと身長が足りない気もするが、楓がなんで私に良くしてくれるのか何となくわかった気がした。
「あの後も大変だったわよ。うちの病院で検査してみたら不整脈が出てて今度は大学病院で検査でしょう」
頭が痛いと泣く楓の脈を測って、頭痛の原因が脈拍の異常じゃないかと直ぐに心電図取った父もまぁまぁやるじゃんと思ったもんだが、結果どうしたら治るのか問いただしたら分からんとしか言わない父はやっぱりダメだと感じたんだった。
「大変だったよね。僕頭痛いって言っているのに大学病院に行ったら今度は頭に針いっぱい刺されてさ、中からも外からも頭痛くて検査中ずっと泣いてたもの」
本当にそうだ。私はどうしても付き添うと言って一緒に大学病院まで行ったのに何も出来なくて、検査室の中で楓が泣いてるのを聞きながら居もしない神様に願ったり、周りの大人に怒鳴ったりと酷いものだった。今にして思えば私は悪くないとか、楓に良くなってほしいとかもう感情が混ざってしまって混乱していたんだと思う。
「私もあなたが泣いてるのを聞こえるたびにどうしていいのかわからなかったもの」
暫くの沈黙の後に、楓が私の手を強く握ってきた。
「ごめんね、もう泣かせたりしないから」
少し後ろを歩いている楓の顔を見るとすごく真剣な顔をしていた。いつもは目尻が下がり、垂れ目の印象だがまあまあ格好良かった。
「頑張りなさい」
と言って楓の頭を撫でてあげる。そうだ、あの日も大学病院に向かう車の中で私がずっとこの子の頭を撫でていたんだった。癖になりそうと言っていたがもうだいぶ前からやっていたことだった。
そんな話しをしている内に神社にたどり着いてしまった。私達の関係に初々しさもなんもあったものではないけど、なんとなく記憶と気持ちの整理が出来た。今はこのお婿さん候補に泣かされないように楽しく過ごすことにしよう。
神社の境内への階段を楓のペースに合わせながらゆっくりと登っていく。激しい運動が出来ないだけでこれくらいは大丈夫だと思うが、楓もいつもよりも気にしている様子だ。鳥居の前で二人仲良く一礼をして境内入っていく。これが世にいう初デートというやつに違いない。