if ひとりごと ⑤
「楓、起きなさい。雨止んだわよ」
声がする。夕立の音が消えて、僕の頭に凛と響く声と優しく頭を撫でられる感覚に意識がはっきりとしてくる。これでこの氷嚢のゴリゴリする冷たい感触がなければ最高なのにと思いながら寝返りをうった。
柔らかくも温かい感触がして、更に意識がはっきりしてくる。これは夢の膝枕なのではないだろうかと目を開け、仰向けになって見上げた彼女は呆れたような顔をしていた。やっぱりキレイな顔をしていると改めて思う。
「お姉さんの膝枕でいい夢見れた?」
今がその夢見心地と言いたいけど、言ったらまた頬を引っ張られるか頭を小突かれるかすると思うので、笑顔だけ向けることにする。
「頭は痛くない?」
また頭を撫でられるとくすぐったくて目を細めてしまう。昔母さんがくすぐったいのは小さな幸せの集まりなのよと言っていたけど、こうされていると本当にそうなのだと思えてくる。
「うん、痛くないよ。桜子ねえさんありがとう」
身体を起こして首を傾げて痛むかを確認しながらそう答えた。酷ければ薬の飲んでも痛みが消えないこともあるし、心臓の鼓動に合わせて首から上の激痛と吐き気で意識が飛びそうになるときもあるのと比べるとこんなにスッキリと目覚めることが出来たのは桜子姉さんのおかげなんだと思う。
改めて背伸びをして桜子姉さんを見つめた。紫のなでしこ柄の浴衣に真っ赤な帯がよく映えて綺麗だ。また綺麗と言うと怒られそうだから何も言わないけど、この人がお嫁さんになるんだと思うとやっぱりニヤついてしまう。
最初に会ったときから綺麗な人だと思っていたし、あの頃は腰まで届きそうな黒髪でスラっと伸びた長い脚にセーラー服が本当に似合っていた。
「桜子は性格に難があって嫁の貰い手もなさそうだ、それなら楓がお婿にこないか」
3年前のお正月にほろ酔いの叔父さんに言われて、こんな人がお嫁さんになってくれるならと、それからはお婿さんになるために日々頑張っている。頑張っていると言っても、桜子姉さんが喜ぶことを一生懸命探しているだけなんだけども。
「僕は浴衣無いからこの格好でもいいかな?」
頭痛のせいで余り外出が出来ないから、正直そう言った季節者の服装やレジャー用品という物を何も持っていない。桜子姉さんみたいな人と歩くには不釣り合いだと思うし、もう少し身長が有ったりしたら均整が取れると思うんだけど。
「いまさら何を気にしているのよ、あなたお婿さんになるんでしょう。もう少し自信待ちなさいよ、女の敵みたいな顔してるくせに」
後半はなにかブツブツと良く聞こえなかったけど、何を言っていたんだろうか?。首を傾げて考えているとまた桜子姉さんに頭を撫でられた。
「暗くなる前に出かけるわよ」
下三白眼の桜子姉さんに見つめられると、どうもお婿さんという立場は弱いのかもしれないと思ってしまう。
玄関でも桜子姉さんの方が先に草履を履き終わって、僕に手を差し伸べてくる。やっぱり立場が逆な気がすると思いながら桜子姉さんの手を掴んだ。日も落ちかけて空がオレンジから紫に染まって行って、その紫と桜子姉さんの浴衣の紫と帯の赤が凄く濃く浮かび上がっている。僕たちはひぐらしの鳴き声を聞きながら歩き出す、これが初デートと言うやつになるに違いない。