if ひとりごと ④
午後16:07。楓の言う通りに雨が降り出した。
楓はアセトアミノフェン系の頭痛薬を飲んで私の膝枕で安静にしている。浴衣に着替えたのもあるかも知れないが、雨のお陰で風が抜けるようになり私の不快指数は少し下がった気がする。だが楓はと言うと、大好きな桜子お姉さんの膝枕の割に不愉快指数がなかなかの数値を出しているようだ。
「これは僕が知ってる膝枕じゃない」
楓は実に不愉快そうだ。大好きな桜子お姉さんの浴衣越しの膝枕かと思ったら、浴衣と自分の頭の間にバスタオルと氷嚢が邪魔しているのだからさぞ気にいらない事だろう。楓も氷嚢の硬い感触をどうにか避けて私の膝の感触を味わえないものかと、右に寝返り左に寝返り、仰向けになったりと試行錯誤している。
「文句言わないの、これなら酷い頭痛にはならないでしょう?」
先程までと立場が変わり私が楓の世話をする番だ。夕方の涼やかな風を私がうちわで楓の頭に優しく届けてあげている。我ながら出来たお姉さんだなどと悦に入っていると。
「こら、うつ伏せ禁止」
私は楓の後頭部をうちわで優しく叩いた。それでも暫く不服そうにうつ伏せで唸っている楓の柔らかな髪を撫でながら私は言葉を続ける。
「首の血管冷やすのが一番なんだから、言う事聞きなさい」
私のじっとりした目線に気がついたのかどうなのか、楓は不服そうに唇を尖らせながら仰向けになる。
「桜子ねえさんのけち」
アヒルみたいな口角の上がり方で可愛らしく、また頭を撫でてしまった。私の毒もすっかり抜けてしまった、やはりこの生き物は可愛らしい。楓も撫でられるのは好きなようで目を細めている。猫なら今頃喉を鳴らしている事だろう。
「現役の医大生にそういう夢と希望を持つほうが間違いなのよ」
楓は諦めたように深いため息をつき、私の顔を不思議ように見上げてくる。そんなにまじまじと見つめられるとこちらも身動いでしまいそうになるのでやめてほしい。
「なに、なんかした?」
楓は私が少し嫌がっているのを察したようで楽しそうな顔をしている。こうなってくると生意気だと思うし、また毒っ気がぶり返してくる思いだ。
「桜子ねえさんはきれいだね。浴衣もすごい似わっ」
最後までは言わせたくなかったので、楓の両頬を引っ張って邪魔をする。14歳が女子大生に向かって歯の浮くような台詞など本当に十年早い。生意気なお婿候補には少しお灸を据えなくてはならない。これもお婿を貰う私の務めと言っていいだろう。きっとそうだ。
楓は引っ張られた頬を擦りながら、やれやれこのお姉さんにも困ったものだと思っているように微笑む。いや、これは絶対に思っている。
「桜子ねえさんは恥ずかしがり屋なんだね。あんまり褒められないの?」
ほら、思っていた。
「膝枕辞めるわよ」
私は先ほど見せられなかったじっとりした目線で楓を窘めた。第三者がいたら静かに恫喝したと言われそうだが、今はふたりきりだ。
それは困りますと言わんばかりに、楓は寝返りをうって静かになる。本当に分かりやすく純粋だ。意地悪をしすぎるのも良くないと今度は飴の代わりに私は楓の頭を撫で始めた。何となく癖になる柔らかさの髪の毛だ。
「雨がやんだら出かけられるように安静にしなさいよ」
すっかり冷たさを失った氷嚢とバスタオルを取り除きちゃんと膝枕にしてあげた。なんて優しいお姉さんなのだろう。そして静かにしている楓の頭を撫で続けると楓の呼吸が少し落ち着き始め、寝息に変わって行った。それでも私は楓の頭を撫で続ける。夕立と音と心地良い風と楓の寝息を聞きながら、これはこれで悪くないと思っていた。




