stay together ③
翌日、僕は昼神家を抜け出してバスに揺られていた。入院してからというもの一人で出かけたことなんか無く、久々の外出に心躍るような、不安なような感覚になっていた。今更初めてのお使いじゃあるまいし出かけた程度で一喜一憂するのは一人の男としてどうなのだろうか。
昨夜皆が寝静まってから1人インターネットで調べて見つけた宝石店へと足を運んでいた。結婚指輪の箱を開けながらプロポーズするのもドラマチックと言うか、ドラマでよく見るような感じで悪くないのではないだろうか。
と思うものの実際に宝石店の前に男一人で立ってみると、入店のハードルの高さが尋常ではなかった。現実に眼の前に身の丈に合わないハードルがあるのならくぐればいいのだけど、精神的なハードルとなればそうは行かない。自動ドアが反応しない位置でうろうろしてなかなかに不審見えたのか店内から一人の女性が近づいてきて、開いた自動ドアに手をかけながら声をかけてきた。
「もしかして楓くん?」
「は、はい。そうです」
はて、宝石店に知り合いなんて居ないと思うのだけど。声をかけてきた女性はまじまじと僕の顔を覗き込みながらうんうんと頷いている。
「大きくなったし、髪の色違うから不審者か強盗かと思ったよ」
「ご、強盗!」
そんなとんでもないと降参と言わんばかりに両手を上げて身の潔白を訴える。でも髪が色が変わったことを知らない人でこの街の知り合いなんてそんなに多くない。スラッとしたパンツスタイルのスーツを着こなして、ストレートのロングヘアー。
「赤い髪になっても王子様は変わらないね」
そう言って僕の顔がよく見えるように屈んで上目遣いで話けてくる人に心当たりがあった。桜子の幼馴染の橘今日子さんだ。
今日子さんに腕を引かれてなし崩しに入店を果たし、今日子さんに腕を組まれながら店内を見て回る。店員とお客さんの関係性として大いに間違っているのはわかるものの、今日子さんはこういう人だったなと苦笑してしまう。
「今日は何買いに来たの?、時計?」
見たいと思っていた指輪のショーケースを通り過ぎながら今日子さんの独断で時計コーナーに引きづられていく。時計も売っているのと疑問を抱き、実際に時計のショーケースを見て成る程ちゃんと売っていると理解をしたものの欲しいのは時計ではない。
「あの、僕は指輪を見に来てて」
そこまで口に出して、ようやく今日子さんは僕の来店目的を理解してくれたようだった。
「桜子にあげるの?」
眉間にしわを寄せて見つめてくる今日子さんの顔は、多分お客様に見せる顔ではないと思う。しかし、なんでそんな顔をするのかはよく分かっている。桜子が指輪とかアクセサリーに全く興味がなく、貰ってもふ~んと訝しげに見つめた後閉まってしまうからだろう。
「結婚指輪を買おうと思って」
僕の中では今更なことに、今日子さんは驚天動地といった様子だ。
「桜子のどこがいいの?」
「全部?」
今日子さんが、はっーとため息をつきながら僕の方をポンポンと叩く。
「もっといい人いるでしょう?。楓くんなら選びたい放題よ」
真面目な顔でこの人は何を言っていっているんだろうと思って呆然としていると、他の店員さんが止めに来てくれた。
「橘さん、あなたの仕事は何?」
「商品を売ることです」
しゅんとしてそう答える今日子さんには、同情もするけどやっぱりお客さんの前ですることではないんじゃないだろうか。
「高っ」
ダイヤモンドの小ささとその価格のびっくりして、うっかり声を出してしまった。スーパーなどでは見かけないゼロの多さに辟易としてしまうが、本当これは給料の3ヶ月分なのだろうか。
「桜子にはもったいないと思うわ」
とりあえず人気の指輪を見せてくれた今日子さんはまた商売っ気のない事を口にして、恐らく店長であろう女性にたしなめられている。この人はと思う面もあるけど、桜子のことをよく知っているから言えるところもあるだろう。お金が無いかどうかと言う話ならお金はあるんだ。元は父さんの遺産である実家を手放したお金や保険金だから僕が生きる為に使うお金で、そのお金で桜子には高価な指輪を贈ってもきっと喜ばない。むしろ怒ってしまうかもしれない。
「桜子は喜ばないよね」
そうそうと自慢気に頷く今日子さんは指輪ではなく綺麗な宝石を出して魅せてくれ。
「これは桜子の生まれた11月の誕生石で」
ふわふわの黒いクッションの上にピンクの宝石とオレンジ色の宝石があった。今日子さんは薄いピンクが桜みたいで綺麗な宝石を指差し。
「これがピンクトパーズ」
もう一つの宝石を指さし。
「こっちがシリトン」
オレンジの宝石の中に星マークが見えるようになっている宝石はカットの仕方でそう見えるんだと今日子さんがうんちくを教えてくれた。流石に宝石店の店員だけのことはあると思わず拍手をしてしまった。
「トパーズは本当言うと色んな色があるんだけど、桜子にはピンクがいいと思うのよ」
今度は何もついていない薄いピンク色の指輪を取り出してきて見せてくれた。
「これがピンクゴールドのリングで、これに誕生石を付けて贈ってあげたらいいんじゃない?」
ピンク色の指輪の近くに、ピンクトパーズとオレンジのシリトンを置いて、並び方を変えたり大きさを変えたりして僕のイメージが湧くように見せてくれる。
「このシリトンって綺麗ですね」
ぼそっと言った一言に、今日子さんはまた色々なうんちくをディスクジョッキーもさながらに滑らかに淀み無く教えてくれた。
「台座と石を着けるだけなら、今日持って帰れますよ」
なんと商売上手なのだろうと感嘆の声を上げている僕の意見を反映して、少し大きめのシリトンを台座に乗せてその両脇にピンクトパーズを並べて指輪の完成予想を見せられ僕も決心がついてしまった。
「これでお願いします」
「はい、毎度ありー」
宝石店には似つかわしくないセリフが聞こえて来店していた他の客の視線が僕たちに注がれ、今更に恥ずかしかったんだと思い出した春の午後だった。




