if ひとりごと ③
もう遅かった、思いっきり抱きつかれている。
160cmに満たない少年が、169cmの私を押し倒しながら嬉しいだの、早く皆に教えないとか、髪は長かったほうが好きだったなどなど、私の苦労も知らずに、まあ良く言葉が続くものだ。
しかし、こうやって目の前で見るとこの子、木下 楓は本当に美人だ。いや、男の子だから美少年というのが正しいのだろうが、まつ毛はマスカラでメイクしているのかと思うくらいに長いし、二重で目元もくっきり、鼻筋も通っていているし肌艶もいい。肌艶に関しては運動ができないので引きこもり気味で、あまり日に当たっていないのが原因だと思うが、ヒゲもまだ生えていないようだし男性ホルモンが仕事していないとしか思えない。
「あなたって、見れば見るほど女の敵ね」
楓がキョトンとして、小首をかしげ、少し垂れ目気味の上目遣いで私を見てくる。そう、それが駄目なのだ。世の女性が憧れるものをすべて持っていて無自覚にも程がある。
「僕は怒られてるの?」
ため息が出る。なんだ、この生き物は。
「怒ってはいないのよ。ただちょっと悔しいだけ。髪を切ったのは悪かったわね、医学部に居ると忙しくて毎日髪のケアするのが面倒になったの」
楓の頭を撫でながら、私が軽く嫉妬しているのを説明しながらもう一個嫉妬の対象を発見する。髪も艷やかなのだ。この子にしてみたらそんな見た目の良さより健康な身体のほうが欲しかったのだろうが、撫でられて猫のように体を預けてくる楓を見ていると、また一つため息が出る。
この状況をどうしたものかと思案しながら、まずは冷静にならなければ。半分勢いで言ってしまったがこの後のことも考えないといけない。
「はいはい、お祭り行くなら準備しないとね」
楓の肩を掴み、一旦引き離す。心底残念そうな顔をされたが気にしないでおこう。祭に行くにしたってこの子の身体のこともあるし、準備を整えなければならない。
楓は不整脈のせいでずっと頭痛に悩まされている。夏などは気圧の変化も相まって、より激しい頭痛に悩まされ吐いたりすることもある。一般的な片頭痛ならカフェインを接種すれば和らぐのだが、楓の場合はカフェインを接種することで不整脈が悪化する。
頭痛薬が効けばいいのだが、アスピリンのような強い薬はあと一年は服用が出来ないし、アセトアミノフェン系でも意識障害を起こしたこともある為、薬の服用後は安静にしている必要がある。
「さて、どうしようかしら。楓は私とお祭り行きたい?」
正座で鼻息荒くうなづく楓の頭を撫でながら、先程の会話を思い出す。楓は雨が降ると言っていた、雨の間は頭痛がひどくなるかもしれないから遅めに出かけてみるのはどうだろうか。暫くは家で様子を見ていられるし、薬を飲んで安静にして頭を冷やしていれば夕方に雨が降ったとしても何とかなるかも知れない。
「雨降りそうって言っていたけど、そんな気がするの?」
楓は首をぐるぐると回し、一頻りこめかみを揉んだ後私を真っ直ぐに見つめた。
「うん。多分あと2時間くらいで降ると思う」
私も楓の行動を真似してみたがさっぱり分からない。何を根拠にと言ったら楓の中の経験則なんだろう。
「そうなのね、じゃあ私は浴衣に着替えてくるから。雨が止むまで夕涼みしてましょうよ」
最初に浴衣の話しをした時はふくれっ面だったが、今は楓の表情が明るくなった。浴衣と言う言葉に反応するあたり、少年らしさも感じられる。さっきは上手くいかなかったが、また意地悪な昼神桜子が顔を出してきた。少しお姉さんらしい所を見せてからかってみよう。
「なんなら、浴衣のお姉さんの膝枕で夕涼みでもいいのよ」