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グレイシャルLOVE  作者: YOU-Hi
第4節 誰かの気持ちを考えた事がありますか
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誰かの気持ちを考えた事がありますか ④

 楓の歌を皆が聞いていた。皆が忘れてしまった、いや、ちゃんとわかっていたのに出来ていなかった事だった。丈夫はいつも他者に対して慈しみを持って接して、決して人を悪く言うような事はしなかった。何故そうなってしまったのか、原因や過程に目を向けて人を責めるようなこともしなかった。

 だからこそ、死を悼む別れを偲ぶ時でもそうあってほしいと楓の願いが歌には詰まっていた。歌を聞きながら桜子は静かに涙を流す、婚約者が自分を責めない理由が分かって安堵したのか感謝の涙なのかは本人にすら良く分かっていない。恐らく両方の気持ちがない混ぜになり涙が止まらないのだろう。

 楓の歌は終わり、楓は大きく息を吐いた。初めて人前でギターを弾いて歌ったのもあるが、自分が作った歌を人に聞かせるなんてまだまだ先なんだと思っていた。

 歌が終わったことを察した導師がシンバルのような楽器、妙鉢を鳴らした。一つ大きな音がなり、鉢をこすり合わせて音を鳴らす。本来は始まりと終わりの合図に鳴らすものなので参列者も楓たちも最後の鼓鈸三通くはつさんつうが行われて出棺になると改めて導師へと見直った。しかし、導師は立ち上がり深くお辞儀をして退出していく。

 確かに出勤前に退出していく場合もあるが今日はそんな予定ではなかったので、喪主の1人である孫一はもし怒られていたのならまずいことになると血相を変えて導師を追いかけた。

 残された楓と桜子と参列者の面々はどうしたらいいのか分からずに導師と孫一がでていった先に視線を送っていた。少しばかり間が空いて孫一が不思議そうな顔で戻って来る。どうなったのかと何人かの参列者に詰め寄られた孫一もいまいち合点がいっていない様子だが導師に言われたままに話すことにした。

「えっと、故人を送る時に迷わないように音楽で導くのが鼓鈸三通だから。あれでいいんじゃないかって」

 孫一の説明を聞いて殆どの参列者が確かにと頷く。

「なので我々で出棺をしましょう。楓君も構わないか」

 孫一は全員に確認するように見渡しながら話しかけ、異論がないことを確認すると出棺の準備を始める。それぞれの参列者が丈夫を偲ぶべく、思い出の品や丈夫が好きだったものを棺桶の中、丈夫の周りへ供えていく。桜子と楓は一緒に丈夫が好きだったレコードを供えた。

 出棺は滞りなく進み、丈夫は参列者に見送られながら荼毘に付された。


 丈夫が荼毘に付されて、三ヶ月が経っていた。楓は生家である実家を売りに出して、身寄りが無くなってしまった楓は、体調の急変等に直ぐ対応ができるようにと桜子の実家へと身を寄せていた。それに伴い桜子は務めていた総合病院を辞め、実家の病院をを継ぐ形で、楓と時を同じく実家へ帰っていた。楓と2人で暮らす選択肢がなかった訳では無いが、丈夫の死に直面したことで桜子の中での気持ちの変化が大きかった。

 外科医の仕事や総合病院での勤務で、人の死に関わることに対しての精神的負担に耐えることが出来なくなっていた。それについて誰かに相談をしたわけでもなく、婚約者の為という免罪符を持って実家へ帰るという選択をしたのだった。

 桜子は孫一と2人で昼神内科医院を営みながら、楓の体調を診るなど安定した日々を過ごしていた。実家での生活は穏やかだった。朝からお年寄りが集まって院内が集会所の様な状況になるのが日常で、診察をするとしてもこれまたお年寄りの方々に楓との事を茶化されたりするぐらいで生命の危険とは無縁の日常に心休まる日々を過ごしている。

「はい、おしまいです、お薬飲めばいいってもんじゃないですからね、お薬の飲んで塩分控えなきゃ血圧下がらないですよ?」

 桜子は面前の老人。吉田のおじいちゃんの血圧がいつまでも下がらないことに苦言を呈しながら診察を終えだ。筈だったが会話は続く。

「でも野沢菜漬けと日本酒が楽しみで生きてるんだ。仕方ねえだらず」

「その野沢菜漬けが駄目だって言ってるの!、すんき漬けでも食べてたらいいじゃない。あれ塩使ってないんだから」

 大きくため息を付きながら、患者の老人にシッシッと左手で払うように老人を診察室から退出させる。

「親父さんなら、わかってくれるんだけどなー」

「だから父はヤブなのよ!、次!」

 1人老人の診察が終われば、万事が万事こんな感じで孫一の適当な診察の結果、老人たちは長寿を記録している。適時必要な薬を処方して、好きなものは好きにさせると言う孫一のやり方でストレスのない生活を送る老人たちはすこぶるエネルギッシュだった。

「だからって生かさず殺さず薬漬けって最低じゃない?」

 誰に向けた訳でもなく桜子は毒づく。怒鳴られて出ていった吉田のおじいちゃんは、待合室こと集会所にいるその他の老人たちに笑われながら和気あいあいとした雰囲気であった。そんな状況に桜子は改めてため息をついて、次の患者を呼ぶ。

「だから、次ー!。内藤のおじいちゃん!」


 帰宅した桜子は疲れ切っていた。実家に隣接した医院の為、世のサラリーマンの方々には申し訳ないがドア・トゥ・ドアの夢の職場と言っていいのだが、目の上のたんこぶの上司が常に家にいるという不幸もあった。

「お疲れ様、肩でも揉む?」

 ドア・トゥ・ドアで帰宅した桜子から白衣を預かった楓がねぎらいの言葉をかける。茶の間のテーブルに突っ伏すように座った桜子は首を指さして無言で揉む場所のアピールをする。桜子の白衣を片付けた楓は、やれやれと思いつつも、桜子へ笑顔を向けるがその笑顔に桜子は気が付かない。

「今日もおじいちゃん、おばあちゃん達は手強かった?」

 肩を揉みながら問いかける楓に、桜子は待ってましたとばかりに語りだした。

「ほんとに大変よ。毎日皆で集まってはわいのわいの」

 桜子は振り返って楓の顔を見つめる。人によっては睨んでいると思われるくらい目が座っている。

「手強いなんてもんじゃないわ」

 驚いたように肩を揉む手を止めた楓は優しく微笑み、そしてまた澄ました顔で肩を揉み出した。

「でも僕はこっちの穏やかな生活の方が好きだよ」

 桜子が丈夫の死の影響でナーバスになり、以前の病院務めが辛いと感じていたのを楓も良くわかっていた。うなされて起きる事も合った桜子を見るに見かねて、桜子の実家に行こうと言い出したのは楓だった。その提案を反対もせず了承したのも、お互いがお互いの気持ちを考えて行動しているが故の優しさだったのかもしれない。

「そうね、嫌いじゃないわよ。私も」

 桜子のその言葉をきいた楓がクスクスと笑っている。訝しげながら見つめてくる桜子へ楓は自分が笑った理由を教えることにした。

「好きって言わない所が桜子らしいよね」

 それを聞いた桜子が反撃を開始した。子供頃と同じように楓の脇腹をくすぐって、楓が必死に逃げる。

 穏やかな日常を過ごしていた。

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