誰かの気持ちを考えた事がありますか ②
楓が退院した後の数日は、丈夫の葬儀の為慌ただしく進んだ。未明に亡くなったことでその日に通夜があり、翌日に告別式、さらに翌日に葬儀となった。生前丈夫が市議会議員を務めていた事もあるが、多くの人が別れを惜しみに来てくれていた。
通夜にしろ告別式にしろ、楓に話しかけてくる人の多くは丈夫が亡くなるなんておかしいとか、あの事件を起こしたのは誰なのかと個人名をあげてくる始末で、気持ちが滅入ってしまう一方だった。
助けるために桜子がどれだけ頑張ってくれたのか知りもせず、死んでしまったことを批難される事に憤りを感じていたし、そもそも犯人と目されるのは長い付き合いのある隣人で、まかり間違ってもその様な凶行に及ぶ人ではないし、事故だとしたら個人を責めるのは如何なものかと、優しい父ならそう言ったに違いないと楓は思ってしまう。
「お父さんの事、思ってもらえるのはいいけど、誰かを悪く言わないと故人を偲べないものなのかな」
楓は告別式が終わりに孫一へ自分の気持ちを伝えていた。孫一はやれやれと自分の肩を揉みながら楓に諭すように話し始める。
「誰もがお前みたいに綺麗に生きてるわけじゃない。誰かの気持ちなんて考える前に、全部吐き出してしまいたいのさ。でなきゃ辛くって誰も明日なんて迎えらんねぇのよ」
凄むような言い方をして煙草に火をつけた孫一に、それでもと食い下がりたい気持ちもあった。だが楓は二の句を継ぐことが出来なかった。婚約者の為に死を受け入れるしかなかった自分とは違い、父親を慕っていた人達にはその為の通夜で、その為の告別式なのだろう。人の気持ちを考えればいいのにと口にするなら、そうしないと別れを告げられない人達の気持ちにも寄り添わなければいけないのかも知れない。
「分かった。人それぞれの別れの惜しみ方があるって思うことにするよ」
孫一は先程から吸っていた煙草の煙をスッーと吐き出し、楓を見つめる。
「お前、今年で幾つだっけ?」
「19歳だよ」
吸い終わった煙草の火を靴のつま先で踏みつけ消した孫一が、呆れたように肩を竦める。
「気持ち悪いくらい大人だな」
「泣きたくても泣けないんだよ、叔父さんだってそうでしょ」
達観している青年の言葉に、孫一はボリボリと後頭部をかきながら確かに同じ理由で泣けないのだと得心が行った。楓と孫一が泣いてしまっていたら、桜子の心は壊れてしまうだろう。だから自分たちは泣かないのかと、この娘婿に教えられた気持ちになっていた。
「だからか。なら最後には言いたいことを言ったらいいんじゃないか?、ロックンローラーなんだろ。お前が言うことなら丈夫の言葉と一緒だろう」
始まったばかりの夏の夜空を見上げながら楓は自分の父親ならなんと言ったのだろうかと考えていた。
楓の中には自分が思っている事を多くの人に伝える事も父親への弔いになるではないかと言う思いがあった。言いたいことは分かっていて、それを伝える手段にも心当たりがあった。孫一が言ったようにロックで伝えるわけではないが歌なら伝わるのかもしれない。飛んだり跳ねたり出来ない代わりに歌う事で自分の考えていることを伝えてみようと決心してギターを手に取った。
誰かの気持ちを考えたことがあるか、別れを告げるときに故人から貰った想いを無駄にしないでほしいこと、それに今更気がついて父親に何も出来なかったこと。
そんな事を思いながら歌にした。
翌朝。楓は孫一に葬儀の最後に時間がほしい事を伝えた。孫一は昨日の今日で何か気持ちの整理がついたのかと思い、喪主の意見を尊重しようと時間を作ってくれた。
「んで、何を語るんだ?。丈夫の代わりに」
楓は大きく首を横に振る。何のことかと小首を傾げた孫一であったが楓が続けた言葉を聞いて絶句することになる。
「歌うことにした」
絶句であった。確かに木下家の宗派は曹洞宗で歌を歌う事がある。御詠歌と言って皆で歌うがあくまでも仏教のお教を歌にしたような物で、それは世間一般で言う歌謡曲なんてものではない。昨日の自分が余計なことを言ったのだと孫一は大いに後悔したがそれは後の祭りであった。
「いや、何を歌うんだ?」
「僕の歌」
また孫一の言葉はどこかに行ってしまった。パクパクと口は開くが言葉を発することが出来ない。
「変なのじゃないよ」
「いや、あの。変なのじゃなくてだな」
孫一も混乱してきているようだ。そもそも許されるのだろうか。確かに喪主ならばある程度の時間の自由が効くのかもしれないが、本来なら告別式でやるべきで葬儀とは厳かに粛々と進むもの筈である。
「御詠歌みたいなやつか?」
まだそんなに気温も上がってきていないというのに孫一の額には汗が浮かんでいた。緊張状態で脂汗が目尻から目に入り不快そうに顔を歪めている。
「それが何なのか良くわからないけど、ギターで歌うよ」
いい考えだとでも言いたそうな満面の笑みで孫一を見つめる楓と、対象的に苦悶の表情を浮かべる孫一。両者の中には昨日から解釈に齟齬があり、それが今日になって大きな隔たりとなっていた。




