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グレイシャルLOVE  作者: YOU-Hi
第3節 Let It Be
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Let It Be ④

 1992年12月10日。桜子の研修医生活も2週間が過ぎて、新しい病院にも馴染んできた頃。心臓外科を専攻していたので、桜子は自分のの婚約者(予定)の楓の担当医の1人となることになった。歩けない走れないと言う現状においては特に急激な体調の変化は見られず、楓の病状は安定しているようだ。日々の回診で先生と言える上級医と共に楓の病室に行くこともあるので、お互いに会話する機会も増えていた。

「楓君、入りますよ」

 上級医に代わりに桜子が声をかけて扉をノックする。ゆっくりと扉を開けると楓は満面の笑みで桜子を迎える。一緒についてきた看護婦はクスクスと笑っている。桜子が体調の確認をしたりしている間も楓の機嫌はすこぶる良好だ。問診が終わると今度は上級医による診察が行われるが、これはまだ桜子が担当することが出来ない。

 桜子が真面目に上級医の話しを聞きながら診察の仕方を教わっている最中も、楓は上級医の隙を見て桜子にウインクをしたりするので、桜子としては気が散って仕方がない。

「楓君、真面目にしてくださいね」

 桜子が低い声で警告を発する。桜子と楓の関係性はこの病院の7階に関わる人なら殆どが知っている周知の事実で、楓はともかく桜子は不手際があれば担当を外される可能性もあるので死活問題と言っても過言ではない。

「昼神先生に迷惑かけないようにしないとね」

 看護婦が微笑みながら楓を諭してくれるが、あまり効果がないようだ。

「はーい、桜子さんに怒られるからね」

「ひ、る、が、み先生です」

 周りに誰も居なければきっと楓は桜子に折檻されていただろうと思うが、今の楓には怖いものは無いようだった。

 上級医も苦笑しながら診察を終える。上級医がやれやれと腰を上げ楓の頭にポンと手を当てた。

「はい、お疲れさん。昼神先生は置いていけないからな」

 楓は残念そうに手を降って回診の一団を見送り、扉が閉まるか否かというタイミングで声をかける。

「桜子さん、後でね」

「昼神先生!」

 閉まり切った扉の向こうから桜子の怒鳴り声が廊下に響く。こんなやり取りが毎日のように行われていた。


「私がいて嬉しいのは分かるけど大概にしなさいよ」

 お昼を迎えて楓の病室で桜子は家から持ってきた弁当を食べている。毎日こうやって過ごせるわけではないが、急患など居らず何事もなく落ち着いていればこうやって一緒に食事を取ることも出来ていた。

「はーい」

 楓も病院の昼食を食べながら、反省の色も無く返事をした。

「反省しなさいよ」

 桜子は筑前煮の人参が刺しっ放しの箸を楓に向けて注意をしたが、楓はその人参をパクっと食べてしまいなんも反省していない事を体現してしまう。

「ちょっと勝手に食べないでよ、筑前煮好きなのに」

 最近は仲直りした母親がお弁当を作ってくれるので桜子は朝と昼に関してはお袋の味を堪能できている。以前桜子が抱えていた母親に対するもやもやは晴れて、関係性は順調に回復しているようだ。

「まあまあ、病院食だけだと飽きちゃ」

 人参を飲み込んだ口が、生意気なことを言うので桜子は楓の嫌いなブロッコリーをその口の中に放り込む。

「むっー」

 口を押さえながら楓は桜子の暴挙に抗議したが、咀嚼も満足にできていないサイレントマジョリティーの抗議の声は桜子には届かない。

「その病院食も残さずに食べない、看護婦たちと違って甘やかさないわよ」

 桜子の幼馴染の今日子もそうだったが、この木下楓にはファンが多い。非番の看護婦が楓の髪を赤く染めたとか、体調崩していると誰がしか看護婦が常駐してるとか、この7階のアイドルの如くに扱われていると聞いた桜子は、その時持っていたボールペンを折ってしまい、また看護婦たちの中で畏怖の対象になったのだった。

 なんとか楓はブロッコリーを飲み込んで、お茶を飲みその後味を胃へと流し込んだ。はっーと深くため息をついて、今度はしっかりと桜子に抗議の声を上げる。

「もう少し小さくしてくれたら我慢できるけど丸々は止めてほしい」

 楓が子供みたいに唇を尖らせていると、扉がノックされて看護婦が入ってくる。楓の楓のふくれっ面を見た看護婦は微笑みながら楓の昼食のトレイを回収しにきた。

「また意地悪されたの?」

 猫なで声とボディタッチで楓に迫る看護婦に、桜子は睨みを効かせて咳払いをする。油断も隙もないと鼻息を荒くする桜子に、看護婦は肩をすくませて2人に手を降って退室していく。

「何なの、あの看護婦」

 出ていっても鼻息荒く吠える桜子に、楓は苦笑いしながら桜子をなだめる。楓としては看護婦達とも仲が良く、出来れば桜子にもみんなに仲良くしてほしいのかもしれない。だが、桜子は意外と独占欲が高く、嫉妬深く、楓のことになると誰彼関係なく吠える番犬の様な感じだった。

 弁当を片付け終わった桜子は時計を見て、はっとして立ち上がる。

「時間がないわ、また後でね」

「いってらっしゃーい」

 パタパタと出ていく桜子の背中に、手を振って見送り。楓はギターを手に取り弾き始めた。7階の角部屋から綺麗な音色が微かに漏れて、穏やかな昼下がりを演出していた。

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