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グレイシャルLOVE  作者: YOU-Hi
第3節 Let It Be
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Let It Be ③

「一体何があったのよ」

 桜子は腰を抜かしそうになっている看護婦と、腹を抱えて笑っている父、孫一を睨みつけながら話しかける。当然孫一が染めさせた訳では無いので詳細を知る由もないのだが、桜子の怒りは全て孫一へと向かっている。

「ひっひっ、いや、俺は知らないぞ。急に真っ赤になってたんだ」

 呼吸もままならない程に笑ってしまい、引き笑いをしながら答える孫一に助け舟を出したのは楓であった。

「叔父さんは悪くないよ、僕が染めたいって思ったの」

 桜子は楓に頭を撫でられながら、諭される形で溜飲を下げた。なんだかんだと楓のことが好きで、時折こうやって立場が逆転するこの関係性も気に入っているようだった。

「じゃあ、なんで染めちゃったの?」

 年の差も逆転したのではないかと思われるくらい猫なで声を出した桜子に、その父親である孫一は背筋を震わせた。

「気持ち悪っ」

 つい孫一の口から出てしまった言葉に、看護婦、楓、そして桜子がそれぞれに反応する。桜子はまた食って掛からんばかりに父親を睨みつけ、楓は頭を抱え、看護婦は孫一の袖引っ張った。

「あのお父さん。ちょっとこちらで話しが」

 空気を読んだ看護婦が、なんとかこのトラブルメーカーを病室から離そうとするが、孫一は合点がいかないようだ。関係者と言えば関係者なのだが、看護婦とサシで話すような事もないので最もといえば最もである。

「いいから、一旦出ましょう」

 目の前の猛犬がいつ襲いかかるか気が気でない様子の看護婦は、孫一の背中を押して病室のから出ていった。


 ゆっくりと扉が閉まり、暫しの間があって楓がため息を付いた。

「叔父さんは、本当に相変わらずだね」

 苦笑しながら感想を述べた楓に、うんうんと頷きながら桜子も共感を示す。とは言え楓にしてみれば、婿に来るように勧めてくれた叔父であるので嫌いになる事はないのだろう。

「それでなんで染めたの」

 先ほどとは打って変わって、冷淡に冷静に落ち着いた声で桜子が聞いてくる。これはこれで楓としては居心地が悪いようで自分の頬をかきながら視線をそらす。その視線を追いかけて、桜子は楓の世界とも言えるこの病室に初めてまともに目をやった。

「なんか、色々と増えたわね」

 以前は桜子が貸したり持ってきた書籍を読み耽るのがもっぱらの趣味みたいな少年だった楓だが、その体と精神の成長に伴い多趣味になってきているようだ。

 病室の中には本棚の他にも、CDラックや、ラジカセ、そして真っ黒なエレキギターも飾ってあった。どうして今まで気が付かなかったのかと、桜子は自分自身でも呆れているのか、自分の知らない間に少年が青年になったのに寂しさを感じたのか、天井を見上げて目を瞑った。

「本も好きなんだけど、リハビリとかで歩く練習をする時に音楽かけてると楽しかったんだ」

 楓はベットからでもすぐに届く所に飾ってあるギターに軽く触れた。

「そうしたら、歌うのも楽しくなってさ」

 楓の淡々と話す語り口に、楓が知らないうちに変わっていた事が悲しいようで、桜子は寂しそうな表情で楓を見つめる。

 楓は寂しそうな顔の桜子に向って両手を広げる。それを見た桜子も自ら楓を抱きしめる。

「いい趣味が見つかったのね」

 桜子は楓を抱きしめながらそう呟き、真っ赤に染まった頭を撫でる。桜子自身、自分の気持ちも癒やされていくのを感じながらもう少し強く楓を抱きしめた。

 が、その力は更に強くなる。

「それじゃ、なんで髪を赤くしたのかの説明になってないでしょうが!」

「痛っ、痛いよ。桜子さん」

 やっとの思いで桜子の全力のハグから開放された楓は、少しもじもじと恥ずかしそうにしてベットサイドの本棚から一冊の雑誌を取り出す。安っぽい紙質のそれはバンドを紹介する音楽雑誌であった。表紙には真っ赤なロングヘアーにバッチリメイクした人物が写っている。

「この人?男の人よね」

「そう、この人見てたら格好良くって。僕もこうなりたいって」

 桜子は卒倒しそうになるのをなんとか耐えた。楓の心臓が治らないと言われたあの日並の衝撃を味わい、楓のベットに突っ伏している。

「か、楓がこうなるの?」

 震える声で話す桜子が雑誌の男性を指差す。桜子の中の楓のイメージは王子様風の美少年だった。

「未だに男性ホルモンが分泌されていないのかと疑っているくらい女顔の楓がメイクなんてして、髪の毛伸ばしてこんなになっちゃうの?大変なことになるわよ」

 ほとんど息継ぎもせず桜子は自分の思いを口にする。それを聞いた楓は少し訝しげに口を開いた。

「それは褒めてるの?貶してるの?」

「もちろん褒めてるわ」

 間髪入れず、自信満々に答える桜子を怪訝な顔で見つめる楓は棚の上にあった鏡を見てため息をついた。

「やっぱり格好良くないか」

 まずいことを言ったことに気がついた桜子が慌て始める。赤い髪の楓と雑誌の男性を交互に見比べて、必死に楓を褒め始めた。

「格好いいわよ。赤い髪も見慣れたら素敵だし、何と言っても」

 桜子は言葉に詰まってしまう。どう見ても格好良くタイプではなく、髪の毛を少し伸ばして赤く染めたことで女性寄りの風貌だ。

「なんといっても?」

 続きが気になる楓はその先を促しているが、桜子は二の句が継げないとばかりに自らの頭をかきまくった。

「ごめん、無理。格好良くはないわ」

 心底残念そうにため息をついた楓は先日あった出来事を思いだす。

「この前もリハビリしてたら、小さい女の子にお姉ちゃん頑張ってって言われたんだよね」

「はぁ」

 呆気にとられた桜子からは満足な返事は帰ってこない。

「どうしたらいいと思う?」

 楓はもじもじと上目遣いで聞いてくる。

「方向性が間違っているんじゃないの?」

 桜子は至極真面目に、真顔でそう答えた。

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