Knockin' on heaven's door ⑦
後の事はあまり覚えていなかった。他の所にも腫瘍がないか検査をするとか、難病指定だから国からお金が出るかもしれないとか楓の親父さんが後々教えてくれた。
楓も流石にショックだったようで、ここ数日は口数が少なくなっている。楓の下半身の麻痺の原因は私にある、私自身も楓にどう接していいのか分からなくなってしまっていた。
私の部屋にあった本や図書館から借りてきた本を持っては来たが、楓の病室へ向かう足取りが重くなっている。深くため息をついて病室の扉をノックした。
「どうぞ」
短く返事があり、私は意を決して扉を開けた。看護婦が採血をしていたようで後片付けをしている。楓は左腕を押さえながら、私に笑顔を向けてくれる。
「楓おはよう。体調はどう?、今日は本を色々準備してきたわよ」
私は出来るだけ元気に声かけたが、一方的に言いたいことを言ってしまった。自然な会話を意識してみるといつも通りと言うのはなかなか難しい。
「うん、今は血を抜かれたからちょっとクラクラするけど元気だよ」
楓は押さえていた腕から手を離して、絆創膏を見せてくる。子供が泣かなかったのを自慢して来たように見えて私は鼻で笑ってしまった。その隣では、居合わせた看護婦もクスクスと笑っている。
「採血したぐらいで自慢気にならないでよ」
私は楓の頭をひと撫でして、テーブルに本を出しながら楓に話しかけた。その様子を見ていた看護婦がにこやかにごゆっくりと声をかけて出ていった。
持ってきた本は私の部屋に有った推理小説と最近売れているというエッセイだか、短編小説を持ってきた。図書館で見かけた時にパラパラと捲ってみて、先日楓と親父さんが言っていたような考え方が書いてあったのでいいかなと思って借りてきたのだ。
「出歩けないし、本を読むくらいなら負担にならないでしょう」
図書館で借りてきた本を手にとって楓に渡した。楓は不思議そうにその薄い本を不思議そうに見ているが、私の態度はわざとらしかっただろうか。
「なんか最近売れてる本なんですって、人気の本コーナーにあったから借りてきてみたの」
私から説明を受けてパラパラと本を捲って読んで笑っている。やっぱり楓の笑顔が一番癒やさせる。
「ありがとう桜子姉さん、そっちの本は?」
私の部屋に有った推理小説で三毛猫が出てくるのだが、何となく楓が猫っぽいので持ってきた。
「こっちのは私の家にあったやつだから、いつ読んでもいいわよ」
ふーんと興味なさげに何冊もある文庫本の表紙を見ては首を傾げている。たしかに表紙を見ると男の子には面白そうな気がしないのかもしれない。
「表紙で判断しないでよ。私この本好きなんだから」
「そうなの?、なら早く言ってよ」
楓は急に態度を変えて私に向き直る。私はシリーズの順番に並べて棚に並べていく。楓の手に持っているのが一巻だから、それはそのままテーブルでいいだろう。
外を見たらいい青空だった。長野に比べたらまだ暑いかもしれないが秋空を見ながら散歩もいいかもしれない。
「お昼終わったら散歩でもいきましょうか」
私の持ってきた推理小説を読みながら、楓が驚いたような顔をする。
「でも、今日先生からなんか説明があるって言ってたからその後でもいいかな?」
ああ、親父さんがそんなこと言っていた気がする。
「そんな事言ってたわね、ごめん忘れてたわ」
楓の頭をワシャワシャと撫でながら謝った。こんな感じに話したり出来てたらそれでいいじゃないかと思いながら空を見上げた。
午後、楓の主治医がやってきた。私の通う大学病院ではあるが、内科外科と専攻が違う私はこの先生のことをよく知らない。先日と同じように楓と親父さんと私の三人で話を聞く。如月という先生は、白髪があったり、無精ひげがあったりと少し見た目に不安があるが、大丈夫なんだろうか。今度誰かに聞いてみよう。
「楓君の心臓の件ですが、このままですといつ止まってもおかしくないとお話ししたと思います」
私達としっかり目を合わせながら話してくれる、この如月という先生は以外といい人なのかもしれない。この前は最初の衝撃が大きすぎて後の事は何も覚えていなかったので、先生の事も忘れてしまっていた。
「現状では楓君の胸にメスを入れて完治させてあげることは難しいのです。申し訳ありません」
如月先生は私達に頭を下げて、改めてこれからの事を話し始めた。
「ですが心臓の動きが鈍くなっているので、それを電気的にサポートするペースメーカーを植込む手術をと思っています」
ペースメーカーと言えば心臓に取り付けて、心臓が動くように電気的に刺激を与えるものだ。
「それをつけるとどうなるのでしょか?」
親父さんが堪らず口を挟んだ形で確認する。自分の息子の身体に、しかも心臓にメスを入れられるのは黙ってはいられないだろう。
「一応、心不全のリスクは格段に減ります」
それは日常生活に戻れると言うことなのだろうか。
「付けたら、出かけられますか?」
楓の中ではまだ上手く情報が処理できてないのだろうか、子供っぽい質問だった。
「ある程度日常生活を送ることはできるようになると思います。運動ができるかどうかは、それとは別に治療していかないと」
楓は、ふっーと息を吐き私達を見た後、先生を見て決心したように口を開いた。
「僕は東京タワーに登ってみたいから、その手術受けたい」
楓は私と親父さんに頭を撫でなられ身動ぎしている。全くこの子は無駄に前向きなんだから。
「ある程度のリスクもあるのでしっかりとお話しをさせていただいた上で準備していきましょう」
そんな直ぐに患者自身が前向きになると思っていなかったのか、如月先生は少し焦ってしまったようでハンカチを取り出し汗を拭いて話を続けている。
楓と病院の敷地を散歩している。散歩と言っても私が車椅子を押して歩いているだけで、特になのかやっている訳では無いのだが。
「東京の青空もまあまあでしょ」
楓も、うーんと背伸びをしながら私を見上げてくる。
「外は気持ちいいね、少し埃っぽいけど東京も悪くないね」
埃っぽいは余計だと思うが、私も長野からだがこっちに出てきた時はそんなことを思っていた気がする。
楓の心臓は治らない、というか治せないと分かった。私にはまだ納得がいっていない。私のせいで楓がずっとこんなままなんてゴメンだ。私に何か出来ることはないのだろうかと二人で散歩しながら考えてしまう。
もし、私が外科医になって楓の心臓移植とかそういう事ができる立場になったらどうだろうか。私にそんな事ができるようになるかは分からない。でもそれはやってみなければわからないじゃないか。
「楓。私が外科医になってあなたを治してあげるって言ったらどう思う」
楓は不思議そうに私を見上げてポカーンとしている。何考えているか分からないが大丈夫なのかしら。
「それはずっと一緒って事?」
いや、多分そうじゃないのだが。まあ結果的にはそうなるのかもしれない。
「もしもの話よ。うまくいくか分からないし」
「それでも僕は桜子姉さんと居られるなら、それがいい」




