Knockin' on heaven's door ⑥
ほぼ一日がかりでの転院になって最初は楽しんでいた楓も車椅子で不自由な思いを強いられることが多く東京のについた頃には疲れが見えてきた。
「へー、東京って青空がないって本で読んだけど本当なんだね」
楓は車での移動中に窓から見えた東京の空に前時代的な感想を口にする。
「今日は曇りなのよ、こっちだって青空位あるわよ」
首都高から見える新宿の高層ビルを見ながら、確かに曇り空だと余計に暗く感じるかもと私が考えていると、楓は感嘆の声を上げている。
「今のビル見た。上に行ったらどうな感じなんだろう」
年相応の感想を言われると思わずほほ笑んでしまう。車を運転中の楓の親父さんは私と楓のやり取りを見ながら教えてくれる。
「長野には景観を維持するために余り大きな建物は立ててないですからね」
確かに長野には所謂高層ビルと言うものはないし、あっても5階建てだのそこら辺が多い。なるほどそういうことなのか。
「退院できたら東京タワー行きたいな」
前向きに考えるのが楓の長所だと思うが、そんなに順調に進むとは思えない。私は何も言わずに黙って頭を撫でてあげるしか出来なかった。
楓が私の大学病院に来て3日が経った。私も夏休みの間は出来るだけ楓の近くにいれるようにしようと思い、結局1日中楓に付き添って検査に立ち合っている。昨日は早速採血、レントゲン、心電図、心エコー、MRIの検査とほぼ検査で1日が過ぎてしまった。
医大生としては1日でこれだけ検査に立ち合えると私自身もいい経験になるのだが、心エコー辺りから気が気でない思いをしながら過ごしていた。病院の個室で3人で晩ごはんを食べていたが余り味がせず食欲がない。
楓本人はとても美味しそうに病院食を食べている。楓より私や親父さんのほうが疲れているというか滅入っているように思ってしまう。
「あんた、病人の割に元気ね」
ついそんな言葉が口から出てきてしまう。今まで原因不明だった諸々の原因もしかしたら明日には判明するかもしれないのに、当の楓は何を考えているのだろう。
「だって僕がなんか出来るわけじゃないじゃない」
いや、その通りなんだけど。この子はなんでこんな風に考えるのだろうかと思ってしまい楓の親父さんに聞いてしまう。
「なんでこんなに達観してるんですか、この子」
私の疑問に一瞬不思議そうな顔をして親父さんが答えてくれる。
「私の育て方のせいですかね。自然の中で育って生きていると私達では何ともならないことが多いないですか。だからそんな事をよく言ってたんですよね」
まあ、確かに雪が凄かったりする事もあるし、そういう考え方もあるのかと改めてこの2人の事が好きになる。
「桜子姉さんが都会に毒されてるってことはない?、大丈夫?」
多分、楓は純粋に私のことを心配したんだと思う。が、私はそんな2人とは育ちが違うのだ。楓が逃げられないのを良いことに私はかえでの頬を思いっきり引っ張ってやる。本当にこの子は学習しないと思うが、それもこの子の魅力なんだろう。
「私だってほぼ同じ環境にいたわよ、家庭環境の違いよ」
あんたは親に恵まれているとは思っているが絶対に言えない。羨ましいと思う所は多いがこの子自身が恵まれた環境に居たわけではない。
私が少し塞ぎ込んでいるのを察してか親父さんが話題を変えてきた。
「明日には検査結果が出てくるでしょうから」
そうだ、明日になれば色々と分かってくる。まずは明日だ。
翌日、私達はあまり馴染みの病名を告げられる事になった。
「サルコイドーシスですか?」
全員で顔を見合わせる。私も不勉強だ、全然わからない。
「正確に言うと心サルコイドーシスといいます」
また全員で顔を見合わせる。駄目だ、さっぱり分からない。理解が追いついていない私達に先生が続ける。
「心臓の細胞が変異しています。癌みたいな悪性ではないんですよ?。ただ、これは私達医師で話し合って告知したほうがいいとなったので本人にも、ご家族にも伝えます」
先生が一呼吸間を開けたので、私達も息を呑む。私は震えていたようだ。楓に手を握られて初めて自覚した。
「大分進行してますので、いつ心不全になってもおかしくありません。なので運動は諦めて」
目の前が真っ暗になった。先生は話を続けているが何を言われているのか私にはもうわからない。




