Knockin' on heaven's door ③
天国の扉が開いたかと思った。
目の前が真っ暗になったと思ったら、後部座席から転げ落ちて額をぶつけたようでヒリヒリと痛みを感じる。
上体を起こして周りを状況を確認した。史樹は大きいハンドルに頭をぶつけたのか失神しているようだ。車は電柱にぶつかって車の前面が大きくひしゃげている、無駄に大きな車だったのが幸いして私の所まではそこまで衝撃が来ていなかったのかもしれない。
それでも頭がクラクラと揺れているような感じに襲われる。事故の衝撃で軽い脳震とうになっているのかもしれない。
「私は昼神桜子」
軽く頭を振りながら自分の事から確認していく。私の意識は大丈夫、動ける。
自分で両頬を叩き意識の手綱をしっかりと握る。
「じっとはしていられない、楓の所にいかなきゃ」
車のドアが開かない。ガチャガチャとドアロックを動かしてみたがロックが外れない。幸か不幸かオープンカーなので車の後ろから出れそうだ。浴衣の裾を尻端折りにして足を上げられるようにして後部座席からの脱出を試みる。母から浴衣や和服の着方をしっかり教わっていて良かった。
しかし、ロケットじゃあるまいしなんで車の両端にこんな突起がついているのだろう。真ん中は平坦だし、この突起も手をかけて身体を安定させられるから身動きは取りやすいのだけど。
「待ってて、楓」
車の後ろから地面に降りたが、右足の痛みが走る。足首を痛めていたようで、立っているだけでも痛みが走るがそんな事は気にしていられない。
「さっきまで痛みを感じなかったんだから、もっとアドレナリン出していればいいのよ」
自分の身体に悪態をつき、足を引きずりながら楓の所に向かっていく。走りたいが右足で1歩2歩と駆け出すだけで痛みで挫けてしまう。
「楓、じっとしてなさいよ。こっちに来てたらただじゃおかないわ」
痛みでおかしくなっているんじゃないだろうか。全てのものに悪態をついてしまう。楓がどこにいるかもよくわからないから、こんなに夜が暗いのも気に入らないし、なんで周りに人が居ないのか誰も助けに来ないのか、もう世界の全てに腹が立つ。何よりこんな状況を作り出した私自身が許せなかった。
それでも少しずつ楓に向かって進んでいっているはずだ。今日子が楓を抑えててくれれば私が帰ればめでたしめでたしとなるはずだ。
山肌を緩やかに左に伸びる道に疎らに存在する街灯が誰も居ない道を照らしている。こんな田舎じゃなければ、とっくに誰かに見つけてもらって助けてもらっていたのにと考えてしまう。痛みのせいで考え方が後ろ向きになっている。私は自分で選んで自分でやるんだ。それが私昼神桜子じゃないか。
「まったく、なんなのよ」
また自分に悪態をついた時、街灯の下に人影が見えた。一瞬良かったと思ったが、あれは楓じゃないのか。
「楓ー」
私は精一杯の大声で楓を呼んだが全く返事がない、ふらふらとこちらに向かってくるあの姿は楓に違いない。走れもしないのにこっちに向かってくる。私はもう痛みなんかどうでも良くなって、楓に向かって走り出した。
もう一度楓を呼んだが、ちゃんと呼べていただろうか。痛みのせいか、楓のせいか涙が出てきて止まらない。
「私はなんで、こんなにだめなんだろう」
本当に自分が嫌になるが、それでも楓に向かっていく。痛みは増していくけど、これは私への罰なんだ。
必死に走って楓のところまでもう少しという所で楓が倒れてしまった。
私の足も止まってしまう。
どうしてこうなってしまったんだろう。
私が史樹をバカにしたのが悪い。そんなの分かっている。
なんで楓は私なんかのために走ってきたんだ。私にそんな価値ないのに、楓は本当に優しいから。
「かえで」
もうほとんど声になっていなかったと思う。街灯の下で仰向けになって倒れている楓のところにとぼとぼと私は歩いていく。
さっきまで傷んでいた右足は何も感じない。なら最初から痛まなければよかったじゃないの。
倒れている楓の顔に手を当てた。
「ごめんね」
真っ青になった楓の顔に私の涙が落ちていくけど、それにも楓は反応がない。
楓の目は開いているけど私を見ていない、楓の手を取って脈を測るがほとんど感じられない。たまに弱い脈を感じる程度でもう正常な状態ではない。
楓の胸に耳を当ててみるが、鼓動は感じないのに呼吸をしているのか肺は微かに収縮をしているように思う。どうしたいいのだろうと絶望しかけていたその時。
楓の心臓も、呼吸も、止まってしまった。
「かえで!」
私は楓の頬を何度か叩きながら声を掛けるが反応がない。意識不明者の初期対応を順番にやっていくが反応はない。それはそうだ、心臓が動いていないんだから。
私は泣きながら楓に心臓マッサージを施す。最初一回で肋骨が折れた音がしたが関係ない。何度か心臓マッサージを繰り返す間に、遠くでパトカーのサイレンが聞こえたような気がする。
「7.8.9」
楓の胸を強く圧迫しながら数を数えていく。その間もサイレンは近づいてくるが、そちらを見る余裕なんて私には無い。
「26.27.28.29.30」
一定のリズムで胸部を圧迫し、30回を越えて楓の口から空気を送り込む。
私達のファーストキスが人工呼吸なんてロマンがなさ過ぎる。
私は顔を上げて涙を拭いた。さっきからずっと泣いている。
「いつまで泣いているのよ、4.5.6.7」
また胸部を圧迫しながら数を数えていく。パトカーのサイレンが私のすぐ横で止まったが関係ない。
「桜子!」
今日子が話しかけてくるが、答える余裕もなく圧迫と人工呼吸を続けている。楓はまだ帰ってこない、このまま続けてて意味があるのだろうか、やめたらこの子が死んでしまうだけだ。
警官が咽んで救急車の要請をしている。私が心臓マッサージと人工呼吸ををしているので状況を察してくれたらしい。救急車が来て病院にいくまで続ければなんとかなる、楓を助けられる。あの日だって楓を助けられたじゃないか。
どれくらい時間がたっただろうか。心臓マッサージを続ける私の手を今日子が押さえて邪魔をしてくる。
「邪魔しないで!」
今日子を思いっきり睨みつけて怒鳴った。今日子はボロボロに泣いていてひどい顔だった。私もきっと同じ顔をしているのだろう。
「こちらで引継ぎます」
目の前の男性が話しかけてける。ああ、救急車来てたんだと思った瞬間に私は大声で泣き出してしまった。
「ごめんなさい、楓を助けてください」
大声で泣きながら何度も同じ言葉を繰り返していたと思う。
担架に乗せられた楓が救急車に運ばれていく、私も乗りたいけど体が動かない。
もう満足に喋ることも出来ない私の肩を今日子が支えてくれた。今日子は嗚咽を漏らす私を何とか救急車に乗せて一緒に病院まで運んでくれるようにお願いしてくれた。
救急車の中でも心臓マッサージは続いているが、楓の意識は、楓の鼓動は帰ってこない。涙も出なくなった自分に、なんて薄情なやつなんだと自己嫌悪しながら病院につくまでの間。私は楓を見ているのも嫌になって、天井を見てボーッとしていた。今日子が私の手を握り、肩を抱き励ましてくれているが私の心には何も響かない。
「ごめんね」
誰に謝りたかっただろう。楓にも今日子にも申し訳ない、楓の事が心配なのに涙も出なくてごめんなさい。今日子が励ましてくれているのに、この言葉が響かない心無い私でごめんなさい。
救急車は病院についた。慌ただしく楓は看護婦や当直医に運ばれていく。私もついて行こうとしたが歩けなくて車椅子に乗せられた。
私も怪我人だったなと思い出したが、相変わらず痛みを感じない。
「人間の身体は便利ですね」
私は楓のそばに居たいのに車イスで連れ回されて足の診療をされていた。不意に口を開いた私に看護婦が優しく声をかけてくれる。
「そうよ、だからあの子も大丈夫よ」
何を言ってるのかと鼻で笑うつもりだったのに涙が出てしまう、私はなんでこんなに性格が悪いのだろう。
「足は折れてないみたいですから、今は冷やして安静していてください」
一頻り連れ回された後にそんな分かりきったことを説明されてまたイライラしてしまう。足が折れて無い事なんか自分でわかると言い返したいがもうそんな気力もなく、車椅子でうなだれているとさっきの看護婦がやって来た。
「あの子の心臓マッサージ続けていたのはあなた?」
何が言いたいのか分からないので、放っておいてくれればいいのに。
「はい」
放っておいてくださいとお願いしようとした時に看護婦が口を開いて、私の言葉を遮った。
「心臓が動いたって、連絡が来たの。良かったわね」
また私は大声で泣き出した。私の隣で今日子も泣いている。良かった、本当に良かった。楓が生きていて、私にはまだ心があったんだ。




