if ひとりごと ①
プロットのみ。ぼちぼち執筆中。
異世界転生しようかな、なんて思ったりもするけどもまえがきって大事よね。
医学はあんまりエビデンス無いから突っ込まないようにしてね
「あなたは何故、外科医になりたいと思ったのですか?」
1992年、8月2日。国内でも有数の大学病院、その院内の食堂で一人座っている私のもとにやってきて、そして手弁当を食べている私の目の前で昼からステーキを食べて始めた初老の外科医、如月宗次郎が突然質問してきた。私は蓮根を咀嚼しながら思慮にふける。
この質問の意図は何なのか、そもそも長野の田舎の内科医の三代目に当たるこの私、昼神桜子が何故よりにもよって外科医を志したのかに対する純粋な興味なのか、はたまたこの春に大学病院での研修がスタートして4ヶ月、あと2ヶ月で系列病院での研修が始まるのに未だに外科医としての才覚を表さない私への哀れみか、さてどちらなのだろうかと思いにふけり、いつもよりも多めに時間をかけて蓮根を飲み込んだ。
「それは、どういう意図の質問なのでしょうか?」
質問に質問で返されて苦笑した如月先生は口ひげに隠れた口角をあげ、年の割に白髪の多い頭をかきながら、私との言葉のキャッチボールをどうするべきか思案しているようだ。
「いや、他意はないんですよ。純然な興味といいますか、内科医でもご両親は満足したのではありませんか?」
気まずそうに言葉を選んでくるくらいには、この口ひげの先生は私が外科医に向いていないと思っているのかもしれない、そもそも内科医になるつもりで医学部に入った私が急に外科医を目指すと言い出して、こうやって燻っている現状を鑑みればそう言われても仕方がないのだろう。
そんな事を考えながら、視線を外せば初夏の青空と積乱雲が目に飛び込んでくる。遠くからは油蝉だろうか、蝉の鳴く音も聞こえてくる。あの日もこんな青空と積乱雲だった、鳴いていたのを聞いたのは油蝉だったろうか、ひぐらしだったような気もする。
「話すと長くもなるんですが、要は助けたい人がいるんですよ」
さて、目の前の先生はどうするのだろう。昼食の合間の雑談か、はたまた他人の身の上話を親身に聞くのだろうか。
「助けたい人は、外科手術が必要な患者。ということですか」
付け合わせのブロッコリーをナイフで刻みながら名医の質問は続く。でも私の中には答えが無い、あの子を救うには内科的治療か外科的治療か。どちらを選択すれば助けられるのか、どうすれば完治するのか分からないのだ。
「如月先生は、サルコイドーシスという病気をご存知ですか?」
思い当たったように食べかけたブロッコリーを皿に戻し、口ひげの先生は私を見つめて口を開いた。
「それは心臓の、ですか」
サルコイドーシスというのは体の中に肉芽腫を作る慢性の免疫疾患だ。できる場所によっては全く日常生活に影響が出ないような場合もある。腫瘍は出来るが癌細胞とは違い、悪性のものでは無いからだ。
ただ複数の臓器で肉芽腫が出来ればいわゆる国家の難病指定を受けることにもなる。心臓などの生命活動に直結する臓器で肉芽腫が出来た場合、命に関わる病気にもなり得る。
「はい。あの子は10歳のころから兆候があったんです、多分。最初は頭痛だったんです。でも私の父には何が原因かわからなかった。不整脈があったから、ただの期外収縮と診断して、成長とともに治るものだと経過を見守ることにしたんです」
不整脈にもいくつかの種類がある。そもそも不整脈とは全身に血液を運ぶ心臓の電気的信号が乱れて、脈が飛んだり、早くなったり、その逆で遅くなる事を言う。心臓が一定のリズムを刻むのは一般的な常識だが、そのリズムの周期以外に心臓が収縮することを期外収縮と言い、タイミングがズレる程度の軽度の症状であれば経過を観察するのが一般的だ。
ブロッコリーを皿に残したまま、フォークを置いてしまった口ひげの先生は確かめるように口を開いた。
「でも悪化してしまった」
私は頷いた。まずは一口水を含んであの日味わった苦い思いを流してしまいたかった。あの日、あの子は、私のために、私のせいで、沢山のことを諦める事になってしまったのだから。