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登校中、終わり行く夏。

作者: 佐藤朝槻
掲載日:2023/11/16


 わたしは負け組。

 いつからだろう。つねにそんな言葉が頭の片隅にある。


 クラスのあの子が満点をとったとき。

 友達に彼氏ができたとき。

 わたしの偏差値が60を越えないとき。


 何かにいつも負けている気がする。


 あの子にあるものが、どうしてないのだろう。

 頑張ればいいの?

 頑張れば手に入るの?

 そうやって今年も、わたしの夏は家と塾の行き来で終わった。


 今日から学校だ。

 眠い目を擦りながら電車で最寄り駅には来た。あとは学校に行くだけ。


 しかし、長い坂が待っている。

 学校まで自転車で行く人やバスに乗る人もいるけど、わたしは歩き。


 気分が乗らない。

 歩きたくないなぁ。学校に行きたくないなぁ。坂、長いなぁ。嫌だなぁ。


 暑いからか。

 空が青いからか。

 秋を知らせるコオロギが夜明けとともにいなくなるからか。


 違う。

 夏休みは終わったのに、わたしの夏がまだ終わってないから。


 でも終わるって何?

 わたしは周りを見渡した。


 同じ学校の制服の女子が談笑しながら行く。

 彼氏彼女が手を繋いで行く。

 ひとりの男子が黙々と自転車を漕ぎ行く。

 バス停に乗り込んでいく生徒たち。


 皆どんどん先を行く。


 わたしは日傘を畳んで鞄にしまった。

 水筒の麦茶を飲んだあと、学校指定の鞄をリュックみたいに背負って背筋を伸ばした。


 踵の潰れたローファーを丁寧に履きなおす。コツ、とローファーのつま先がアスファルトを叩いたら、周囲の雑音が消えた。


 目を閉じ、大きく息を吸う。

 大きく息を吐く。

 見開いた先には灰色のアスファルトと空だけ。


「よし、いくぞ」


 その声を合図に坂を駆け上がる。

 太陽が眩しい。蝉の声は騒がしい。急速に喉が渇いていく。


 足で踏み、蹴るたび痛みを感じる。

 心臓が呼吸を求める。ずいぶん前に息が止まった。日焼け止めは、たぶん落ちた。


 それでも足を止めることはない。

 倒れてしまったっていい。半ば本気で思う。ばかげているけど。


 自転車に乗る誰かが、わたしを追い抜いていった。

 次の自転車は、わざわざわたしのほうを二度見した。


 うるさいよ。全部うるさい。

 ムカつくんだよ。


 夏が終わるから、なんだ。

 夏が終わった明日がはじまったから、なんだ。


 夏を飛び越えて、生きるんだ。生きていくんだ。


 負け組から抜け出して。

 勝ち組なんて言葉も気にしなくなったら。


 高らかに勝ちだって言うんだ。


 わたしが負けたと思ったら、そんなことないって言う。そう言える日が来るまで走ってやる。


 夢がない?

 白馬の王子様がいない?

 わたしがダメなのは、親のせい?


 駆け抜けてやる。

 嫌なこと全部が見えなくなるまで。

 わたしが何も気にしなくなる速度で。


 そっか。わたし以外の一切を見たくないんだ。

 比べることにうんざりしていたんだ。


 ――坂を駆け上がった。赤色の信号に止まれと催促され、立ち止まる。


 心臓がまだ走り続けていた。

 呼吸を整えていると、汗と一緒に涙が落ちていく。

 鞄から水筒をとりだして麦茶を流し込む。ああ、生き返る。


 振り向いて坂を見下ろす。バスがのろのろ走り、自転車に乗る人はひいひいと疲弊している。


「登りきった……。やったね」


 疲れきった体から声を振り絞る。

 信号を待つ人が不審者人物でも見るように怪訝な顔をしていた。


 うん、やっぱり、わたしの勝ちだ。

 この爽快感を誰も知らないのだから。部活ともマラソンとも違う、孤独の青春。


 信号が青になる。重い足を引きずりながら歩きだした。

 ……歩くのもつらい。絶対筋肉痛だ。走ってるときはあんなに気持ちよかったのに!


 こうして、わたしの夏が終わり行く。


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