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07『冗談が冗談抜きで伝わらない探偵』


「どうやら君の時計は壊れていたようだね、徒京(とけい)クン」


「……どうやら、道に迷っちゃったんだよな」


「毎日の登下校に使用している道沿いなのにも?」


「────」


 最初に言っておこう。

 この探偵『小南(こなみ)ミト』には冗談が、冗談抜きで伝わらない。店に入って左側、カフェテリアエリアにあるソファー席のテーブルの一つで。まるでかの名探偵のように顎に手を当てて、彼はコチラを睥睨(へいげい)していた。

 額がピクピクしている。怒っている。


 赤髪にサングラス、白衣を着た男。

 信じられないって? なら、もう一度ご唱和下さい。

 この探偵は『赤髪にサングラス、白衣を着た男』である。

 ……不審者だな。


 一見するとただの変人だが、コイツこそが僕をこき使っている探偵である。


「ま、私もね。ちょっとばかし、助手が予定より二時間ほど遅れたぐらいで怒るほど大人げない人間になったつもりはないのだよ」


「そうか、そりゃ助かるけども」


 どう見ても怒っている様に見えるんだよ、僕から見たらな。

 激おこぷんぷん丸ってヤツだよこれ。


「今回の事件は言わば強盗を捕まえろ、っていう簡単な依頼だ。緊急性は問われない。だから構わないとも、ええ!」


「完全に怒ってるだろ、あんた!」


「そんなことはないさ。ああ、それと私のことをは先生と呼びたまえ」


 厭だね。

 そう心で否定する。


 絶妙な空気が流れる中で、探偵はちょうど店員さんが持ってきたコーヒーを手に取り、香ばしい匂いを堪能した後に液体を喉に入れた。

 う、うむ。探偵がコーヒーを飲む姿は、やはり絵になるな。

 羨ましい……、っじゃなくてだな。

 いや、たとえ絵になるとしてもだ。コーヒーを飲んだ後に目をかっぴらいてキリっとやる姿は、正直ちょっと、いやかなりムカついた。

 カッコつけているつもりなのだろうか? いや実際カッコイイけどさ、サングラスを外せばコイツはいわゆるイケオジって部類だし。

 でも言わないのが僕なりの優しさなのだ。


 というかそんなこと言ったらカウンター食らいそうで怖いからな。

 事なかれ主義の緋色坂徒京にはこの選択が妥当なのだ。


「取り敢えず緊急性はない。座りたまえよ」


 まだ隣にいるツインテさんには触れない。

 僕と雪凪はアイコンタクトを取って、小南と相席する。テーブルをまたいだ反対側の席に二人で座り、彼と対面した。


「あ、えーと」


「で、要件はきっと彼女だろう」


「ああ、そうだな」


 鋭い視線が、僕の隣に突き刺さる。


「コイツは、えーと、神楽鐘(かぐらがね)雪凪(せつなぎ)。僕の同級生だよ」


「ふむふむ。あぁ。私は感動したよ」


「何にだよ」


「徒京クンが人間を連れて来たことに」


 はい?

 そこはせめて、異性を連れてきたことに、だろうが! なんだよ人を連れてきたことにって? 僕はコイツに対人恐怖症とでも思われているのだろうか。いや実際、ソレ紛いであって友達なんてつくりやしないので、よそから見ればそういう風に見えるのかもしれないが。


「感動、いや感激か。観劇して感激したよ」


芝居(げき)じゃないわ! 僕だって、異性ぐらい連れてくる! ……それに、変な関係じゃないからな。ただ困っていたから連れてきただけだ」


「はぁ、ならば君が助けてやればいいじゃないか」


 どうしてまた、こんな質の悪い。

 僕はただの狼人間であり、コイツを助けてやることなんて出来ない。だがコイツはきっと助けてくれるだろう。

 だから紹介したのだ。


「僕には無理だ。だけど、ただ困ってる人がいたんだ、無責任かもしれないが、そのまま放置することなんて出来ない、だから連れてきた、解決出来るだろ人に。それに呪いで困っている人がいたら連れてこい。って言ったのはあんただろう」


「そうだったかな?」


「そうだよ、とぼけないでくれ」


「まぁいいだろう。私はこれでも探偵だからね。ちょっとした怪事の原因を追及するなんて簡単なことだ、なにせそれが仕事なんだからね。なに。辛くはないさ、面倒なだけでね」


 クク、と彼は微笑した。

 何が面白いんだろうか。もう二ヶ月ぐらいの付き合いだが、コイツの笑いのツボは全くもって分からない。

 まさに奇想天外、だ。


「じゃああんたは、コイツを助けてくれるのか」


「ノー。私は半分助けるが、半分は助けない。するのは、事件の原因解明だよ。それが探偵の仕事だと、今さっき言っただろう。最期のピースをハメるのは、私ではない。それと私のことは先生と呼びたまえ」


「……」


 ああ、やっぱりそうか。

 コイツはいつもそういう。


 やはり、コイツは変わらない存在だ。

 一週間前も、二ヶ月前も。

 何一つ言動も、意志も、全てを貫いて生きている。

 まるで思考が固定されているように。


「では、問答を始めるとしよう。いくら私が名探偵でも、少なくとも少量の情報がなければ、推理なんて出来たもんじゃないからね。……そして、そこで推理するかどうか判断しよう」



 問答開始────になるはずだったんだが。

 彼女が口をはさんだ。



「ねぇ、ちょっと待ってよ。私はまだ、この人を信用したりしてないんだけど。探偵探偵って、名前も知らないし、ただの探偵が私のこの良く分からない現象を解明出来るっていうの? 正直、信じられない。探偵って、浮気調査──不貞調査とかしている存在なんでしょ」


「ふむ」


 おいおい、急に何か喋ると思ったらトゲトゲしてる。

 まぁ確かに、雪凪の言う事もちゃんと一理ある。普通の人間なら、いくら同級生に紹介された人材といえど、正体不明の探偵なんて信用できるもんじゃないし、何か色々と質問されても嫌なだけだろう。


「なるほど、その警戒心は大切だ。今の若者はなってないからね」


「ねぇ、質問に答えて? あなたの名前は? あなたの本当の仕事は? 実績は? 何歳? 普段は何をしているの?」


 かなり攻めたな。


「分かった、答えよう。だが依頼人から逆質問とはね。……質問に答えることも仕事の一環だ。だから相応の対価は必要だが?」


「もちろん。払うよ、何円?」


「私は現金が嫌いでね、体で支払ってもらおうか」


「え……」


 かなり攻めたな!?


 探偵、その発言はコンプラ的にアウトなんじゃないですか! どうなんですかね。僕の心の中がハラハラしてるよ。グレーゾーンなら、神様から警告されちゃってこの世界消されるよ、やばいよやばいよ。

 それに雪凪は高校生だぞ、法律に引っかかってレッツゴープリズンだよ。もしかしてプリズン〇レイクしてくるの?

 しなくていいよ、別に。


 それにほら、肝心の雪凪さんも目が死んでるし、引いちゃってるし。


「なに、私はこんな幼子に興味はない。体で支払うというのは、性的なことじゃないからアンシンしたまえ」


「それでも探偵なの? 私、信じられなくなってきたんだけど……」


「ガチ引きされると、いくらメンタルの強い私でも悲しいという感情が芽生えるのだが」


 被害者ずらするなと言いたい。

 ここで野次を入れるのとついでに、ただの悪口も言ってやりたいぜ。だがここでは、動じた様子もなく真顔の探偵。

 というか、コイツも冗談が言えるんだな。

 いや、冗談に言い慣れてないせいで、彼女に冗談だと認識されてなかったけど。冗談っていうのは、受け手が”冗談”と分かってくれなければ成立しないのだ。

 言葉遊びのプロでもある探偵さんなら、それぐらい分かってると思うのだが────。


「ともかくだ。そういう意味ではない。ただ肉体労働、そうだな……今回の盗人を捕まえてもらう、ぐらいはしてもらおう。なに、それだとお釣りが出てしまうからな。ここで確約しよう。君の悩みの原因は解明させるさ、質問にも答える。それでいいだろう?」


 どうやら、はやく話を終わらせたいらしい。

 どうやらこの探偵が今日僕を呼び出した理由であろう、盗人を捕まえるのを対価に質問も答えるし、彼女の悩みの原因を探ってくれるらしい。

 それだけ肉体労働が面倒くさいのだろう、コイツ的には。

 でも、その交渉には僕程度でも気づける問題がある。


「それじゃ本末転倒でしょ。私があなたを信用するに値するかどうかを、質問しようと思ったのに」


 そうだ。その通りである。

 第一、この話になったのは彼女が、このインチキスーパー詐欺師が本当に自分の悩みを解明することの出来る探偵かどうかを探りたかったわけなのだから。

 それを調べるためにもし働いて、それでコイツが本当に詐欺師だったとしたら? タダ働きになってしまうし、ムカつくだろう。


「もちろん、君が私に渡す対価っていうのは”後払い”で構わない。言っただろう、盗人の件に緊急性はないとね」


「そう、なら分かった。そうさせてもらう」


「ああ、そうしよう」


 後払いか。

 確かに、それならば……彼女にとって利点でしかない。それに探偵もこの約束を反故にする理由はない。

 彼の信条的に裏切らないとは分かっているが、ここで約束を反故にしてしまえば彼の本来の目的が達成出来ないからな。


「さて、話もまとまったことだ。まずは君のターンだ。私によく質問してくれたまえ」


 こうして、本来とは逆の立ち位置である問答が始まるのだった。

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