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月下の魔女と太陽の少年  作者: 桜鈴
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【第一章:2話】小さな太陽

 魔女、悪魔、魔王……永く生きていると色々な名で呼ばれるものだ。自分でさえも私が何者なのか分からない。いいや、考えないようにしていると言う方が正しいか。


 それにしても、あれほどまでに猛然たる争いがほんの数百年経てばここまで忘れられつつあるとは……時の流れとは面白いものだ。


 孤独にもとっくに慣れてきた頃。私はいつもの気まぐれで夜の街へと出掛けた。特に誰に会いに行くという訳ではなくただの食料調達だ。死なないとはいえ、やはり腹はへるのだな。


 フードやローブで隠さなくても私の見た目はあの時から何一つ変わっていない。傍から見ればただのひとりの女性だ。しかし、何十年、何百年と変わらないこの姿に気が付いた者たちは心底気味悪がることだろう。だから私は目立たぬよう、夜にしか出歩かないことにしている。


 藍色の髪をなびかせながらいつものようにひとり静かに歩を進めていると、


(……!)


 ふと頬に冷たいものが触れた。


(雪か……)


 見上げると灰色の雲が空一面に広がっている。


(これは吹雪そうだ……)


 私は早々に買い出しを済ませ、住処にしている屋敷へと足を急がせた。

 するとその道中、視界の端で雪に埋もれた何かが動いた気がした。


(……なに、あれ?)


 何となく気になった私は、その〝何か〟におそるおそる近づき雪を払ってやった。


(これは……!)


 なんと、雪の中から顔を出した()()の正体は……幼い人間ではないか。寒さのせいか、ぐったりしている。


「ねえ、聞こえる?」


「……」


 呼びかけても反応が無い。慌てて周りを見渡しても誰もいない。


(どうしたものか……)


 しかし、か細いながらもまだ息はあるようだ。このままここに置いておけば朝には命の炎が燃え尽きてしまうだろう。咄嗟にそう判断し、私はこの子を一旦連れて帰ることにした。



――暖炉の火がパチパチと音を立てる。


 何百年ぶりだろうか。私以外の者がこの場所に足を踏み入れたのは。


 住まいに自分以外の人間がいるという事実に少々戸惑いながらも、私は先ほど拾ってきた子どもに目をやった。


 子どもは毛布にくるまりながら静かに寝息を立てている。


 さっきは夜の暗さと雪でよく見えなかったが、どうやら男の子のようだ。


(歳は五つくらいだろうか……)


 なんてぼんやり考えていると、その小さな少年がごそごそと身じろぎをした。


「……ん」


 その少年はゆっくりと起き上がると、辺りを見渡しては澄んだ瞳をぱちくりさせている。


 驚くのも無理はない。目が覚めたら知らない場所の知らないソファーの上にいるのだから。


「起きた?」


 私は読んでいた本を閉じ、少年に声を掛ける。


「ここ、は……?」


「ここは私の家。あなた、さっき雪に埋もれて遭難しかけてたの。覚えてる?」


「そう、なん……って?」


 純粋な目で首を傾げる少年。


(そうか。言葉が難しすぎたな)


 誰かと言葉を交わすこと自体久々過ぎるせいか、何を話せばいいのか分からない。ましてやこんな子ども相手なんて尚更。


「えっと、つまり……あんな所で何してたの?両親は一緒じゃないの?」


「……」


 言葉を選んだつもりだったが、少年は私の質問に目を曇らせてしまった。会話とはこんなに難しいものだっただろうか。


「……」


 しばらく沈黙が続いた後、少年がゆっくりと口を開く。


「とうさんも、かあさんもいない……」


「いないって……亡くなったの?」


(あっ……)


 思わず間も空けずに尋ねてしまった。


(直接過ぎたか……?)


 すると、少年はふるふると首を横に振り、


「ううん。僕……すてられた」


(……)


「……そう」


 これだけ永く生きていると、大概のことでは揺るがないようになってしまった。


(これ以上は……あまり深く聞かないでおこう)


「じゃあ……あなたはひとりぼっちなのね」


 今度はそっと尋ねると、少年はこくりと頷いた。


 できれば家に帰してやりたかったがそれは難しそうだ。かといってここに居ても、私に子守なんて……


「……」


「……」


 かつては自分も苦しんでいた記憶がよみがえる。これでも孤独の辛さは知っているつもりだ。

 しかし、こんな幼子と私とではその重みが全く違うだろう。私が何百年と昔に置き去りにしてきた感情と、この子は今まさに闘っている真っ最中なのだ。


「あの……」


 色々と考え込んでいると、突然服の裾をくいっと引っ張られたような気がした。見るとやはり少年が私の裾を握りしめている。


「何?……どうしたの?」


「おねえちゃんも、ひとりなの……?」


(え……)


 少年は私の服から手を離さないまま控えめに尋た。澄んだ空色のふたつの瞳が私を遠慮がちに見上げている。気を抜けばそのまま吸い込まれてしまいそうだ。


「ええ。そうよ」


(『おねえちゃん〝も〟』ね……)


 やはりこの子は孤独を感じている。このままではいずれ喪失感に押し潰されてしまう。かつての私のように……


「いっしょ、だね!」


「……!」

 

 少年は笑顔を作りながら明るい声を発した。


 しかし目を見れば分かる。その笑顔は楽しい、嬉しいなどという明るい感情ではない。確かに口元は微笑んでいるが、目が心配そうに揺れている。おそらく私を励ましているつもりなのだろう。


(まだ私に微笑みを向けてくれる人がいたなんてね……)


 言葉はたった一言だが、それでもこの子なりに色々考えている。自分も辛いだろうに無理に笑顔を作り他人に寄り添おうとするその姿は、私なんかよりもずっと立派だ。


 ……この子も私も独りぼっち。何故か昔の自分と照らし合わせてしまう。


(どうか私のようにならないでほしい)


 この少年を見ていると、無意識にそんなことを思うのだ。


「なら……私と、暮らす?」


(……!?)


 なんと、不意に私の口から出てきたのは自分でも耳を疑うような言葉だった。


 おそらく昨日までの私なら……いや、数時間前の私でさえもこんなことは口にしなかっただろう。


 壊れやすい硝子のような少年。何百年も誰も信じずただ独りで生きてきたこの私を、たった数時間で動かせてしまうなんて……


「……!」


 私の提案に少年はぱっと瞳を輝かせ、みるみるうちに満面の笑みへと変わる。今度は正真正銘、喜んでいる顔だ。


「いいの……?」


「ええ、丁度この広い屋敷に独りで住むのも飽きてきたところだし」


「ありがとう、おねえちゃん……!」


「わっ……!」


 少年は勢い良く私に飛びついてきた。


「えへへ」


「……まったく」


 ため息は出るが、悪い気はしない。私もそっと彼の背に手をまわした。

 

 ほんの数時間前まで氷のように冷たかったその身体はもうすっかり温かい。ちゃんと生きている証拠だ。


――ぐうぅぅぅぅぅ


 すると突然、そんな静寂を突き破るように大きな音が鳴り響いた。


 音の方へ目を向けると、少年がいつの間にか私の裾から手を離して今度は自分の腹を押さえている。


「おなか、すいた……」


「……」


「っふふ……そうね、まずは何か食べましょうか。さっき買ってきたばかりのパンがあるわ」



 我ながらまだ〝人間らしさ〟が残っていたことに驚きながら、そして同時に自分の中に僅かに湧き出た〝嬉しい〟という感情に呆れながら、この子は私が守ると決めたのであった。

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