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糸が切れた瞬間を、自分自身で見ていた気がする。
小学校の時は当たり前にやっていた。
中学に上がっても、どうにか頑張ってみた。
そして高校に入って少しした頃、ぷつんと糸が切れたのである。
勉強なんてしてどうなるの? どうするの?
高校生にもなると、自分は運動神経がないと気付いた者は走らなくなる。
無駄だからだ。無駄に疲れて、無駄に汗をかくだけ。
そうじゃないのはダイエットくらいか。
でもな、と思う。
彼はどうも変態らしい。いや、男はみんな変態なのか? けど、みんながみんな変態なら、それはもう変態じゃないのでは?
とにかく、彼はどうも私の胸より足を見る。ちらりとスカートの端を揺らしてやれば、ぐっと親指を立てる彼の心が幻視できた。パンツまで見せると冷たい目を向けてくる。だから多分、中身ではなく伸びている足が好きなのだ。
そう思うと、ダイエットの必要もない。そもそも太ってないし。むしろ平均よりは細い。
だから運動なんてしなくていい。
じゃあ、勉強は?
運動に不向きだと自覚した者が運動を避けるようになるなら、勉強に不向きだと自覚した者が勉強を避けるようになるのも、また必然。
どうせ大学にも行かないし、高校を出てすぐに就職するのだろう。
でも、どこに?
高校を出て、社会に出て、私はどこに向かうんだろう。
私は今、どこに向かっているんだろう。
学校がこんなに楽しくないのに、会社が楽しいとは思えない。働くって、お金を貰うってそういうことだ。楽しくないけど汗かいて、楽しくないけど頑張って、お金を貰って、さてどうしよう。どうすればいいんだろう。
分からなくなってしまった。
だって、そうだ。
分からないのに頑張るなんて馬鹿げている。数学が分からない。そう言えば、彼は「どこが?」と返してくる。
「だから数学が」
「数学のどこだって聞いてんだよ」
「全部」
「数学の基礎は算数だぞ。足し算できまちゅかー」
「死ね」
「で、どこができねえって?」
「ここ」
「ん。あぁここな、ここはな――」
つまり、分からないまま頑張るのではない。
分からないところを分かるために頑張るのである。
だから決めた。どうすれば分からないところが分かるようになるのか分かるまで、頑張るのをやめよう。
決めた途端、世界が晴れた。あはは、と笑う。笑ってしまった。彼にぎょっと振り向かれ、呆れ顔で笑われる。
「別にいいけどさ」
「何が?」
何も分かってないくせに、何もかも見通したように彼は言う。いつものことだ。
「ま、どうすりゃいいのか分からなくなったら言えな」
今度は私がぎょっとする番だった。
分かっている? もしかして? 見抜かれて?
「急になんのこと」
「は? お前のことだけど」
「お前に私の何が分かる」
「全部」
「んなわけ――」
「じゃあうん、そうだな、風呂入る時にでも鏡で尻見てみろ」
人が真面目な話をしている時にセクハラとは、良い度胸をしている。
そうだ、いっそ写真を撮って送ってやれば、こいつは親指を立てるどころか平服して感謝を述べるに違いない。
家に帰って早々、写真を撮ってみた。
またもぎょっとさせられた。
どうして知っている。いつ知った。十五年間この身体を見てきた私でも知らなかったのに。
すぐに電話する。勿論撮った写真は削除だ、即削除。
「なんで知ってるの。お尻にホクロあるって!」
電話越しに『へぇ』と呟く、声というより息が聞こえた。
『お前、尻にホクロあるんだ、報告どうも』
「お前が言ったんだろ! 尻に……って、あれ」
『全部なんか知ってるわけねえじゃん。ばーか』
電話は切られた。
死ね。
世界のどこかで誰かが死ぬ代わりにお前が死んじゃえ。