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b3

 糸が切れた瞬間を、自分自身で見ていた気がする。

 小学校の時は当たり前にやっていた。

 中学に上がっても、どうにか頑張ってみた。

 そして高校に入って少しした頃、ぷつんと糸が切れたのである。

 勉強なんてしてどうなるの? どうするの?

 高校生にもなると、自分は運動神経がないと気付いた者は走らなくなる。

 無駄だからだ。無駄に疲れて、無駄に汗をかくだけ。

 そうじゃないのはダイエットくらいか。

 でもな、と思う。

 彼はどうも変態らしい。いや、男はみんな変態なのか? けど、みんながみんな変態なら、それはもう変態じゃないのでは?

 とにかく、彼はどうも私の胸より足を見る。ちらりとスカートの端を揺らしてやれば、ぐっと親指を立てる彼の心が幻視できた。パンツまで見せると冷たい目を向けてくる。だから多分、中身ではなく伸びている足が好きなのだ。

 そう思うと、ダイエットの必要もない。そもそも太ってないし。むしろ平均よりは細い。

 だから運動なんてしなくていい。

 じゃあ、勉強は?

 運動に不向きだと自覚した者が運動を避けるようになるなら、勉強に不向きだと自覚した者が勉強を避けるようになるのも、また必然。

 どうせ大学にも行かないし、高校を出てすぐに就職するのだろう。

 でも、どこに?

 高校を出て、社会に出て、私はどこに向かうんだろう。

 私は今、どこに向かっているんだろう。

 学校がこんなに楽しくないのに、会社が楽しいとは思えない。働くって、お金を貰うってそういうことだ。楽しくないけど汗かいて、楽しくないけど頑張って、お金を貰って、さてどうしよう。どうすればいいんだろう。

 分からなくなってしまった。

 だって、そうだ。

 分からないのに頑張るなんて馬鹿げている。数学が分からない。そう言えば、彼は「どこが?」と返してくる。

「だから数学が」

「数学のどこだって聞いてんだよ」

「全部」

「数学の基礎は算数だぞ。足し算できまちゅかー」

「死ね」

「で、どこができねえって?」

「ここ」

「ん。あぁここな、ここはな――」

 つまり、分からないまま頑張るのではない。

 分からないところを分かるために頑張るのである。

 だから決めた。どうすれば分からないところが分かるようになるのか分かるまで、頑張るのをやめよう。

 決めた途端、世界が晴れた。あはは、と笑う。笑ってしまった。彼にぎょっと振り向かれ、呆れ顔で笑われる。

「別にいいけどさ」

「何が?」

 何も分かってないくせに、何もかも見通したように彼は言う。いつものことだ。

「ま、どうすりゃいいのか分からなくなったら言えな」

 今度は私がぎょっとする番だった。

 分かっている? もしかして? 見抜かれて?

「急になんのこと」

「は? お前のことだけど」

「お前に私の何が分かる」

「全部」

「んなわけ――」

「じゃあうん、そうだな、風呂入る時にでも鏡で尻見てみろ」

 人が真面目な話をしている時にセクハラとは、良い度胸をしている。

 そうだ、いっそ写真を撮って送ってやれば、こいつは親指を立てるどころか平服して感謝を述べるに違いない。

 家に帰って早々、写真を撮ってみた。

 またもぎょっとさせられた。

 どうして知っている。いつ知った。十五年間この身体を見てきた私でも知らなかったのに。

 すぐに電話する。勿論撮った写真は削除だ、即削除。

「なんで知ってるの。お尻にホクロあるって!」

 電話越しに『へぇ』と呟く、声というより息が聞こえた。

『お前、尻にホクロあるんだ、報告どうも』

「お前が言ったんだろ! 尻に……って、あれ」

『全部なんか知ってるわけねえじゃん。ばーか』

 電話は切られた。

 死ね。

 世界のどこかで誰かが死ぬ代わりにお前が死んじゃえ。

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