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どこで間違えてしまったのか。
もしくは、どこも間違えなかったから今こうしているのか。
「ねぇ、二人って付き合ってるの?」
聞かれる度、心の中で何かが疼く。
「さぁ? どうだろうね」
答える度、自問した。
私たちって、なんなんだろう。
少なくとも恋人ではない。どっちも告白してないし、多分そういう意味じゃ好きでもないから。
でもきっと、私が顔を近付けてそのまま唇を奪おうとしても、彼は拒絶しないだろう。彼が同じことをしても、私は拒絶できない。あぁそうなんだ、へぇ。そう思っているうちに、奪われている。
だから、なろうと思えば恋人にはなれるはずだ。
問題は続くかどうかであって。
続かないだろうな、と確信を持てる。だって私と彼の間に恋情はない。暇な一時、恋人ごっこで笑い合うことはできても、毎日が恋人同士になることは耐えられないだろう。
私と彼は友人同士……で、いいのかな。
同級生に聞いてみたいけど、こんなこと聞けない気がする。
ねぇ、男友達がいてさ、一番仲の良い男友達がいてさ、好きじゃないけど、まぁ仲は良いよねって相手から、キスされたらどう思う? それで、まぁいっかって思える相手って、友達なのかな。
笑われるだろうし、それ以上に、一発で彼のことだと気付かれて誤解される。
え、されたの? いつ? どんな感じで? まだ付き合ってないの? ていうか付き合ってなかったの?
そうなるのが目に見えているから面倒で、億劫で、それなら曖昧なままでいいかなと思ってしまう。
私と彼は、一体なんなんだろう。
友達と呼ぶには近すぎて、恋人と呼ぶには離れすぎていて。友達以上、恋人未満。そんな言葉が脳裏をよぎるも、やっぱり何かが違う気がして。
悪友。
彼は私をそう呼ぶけど、本当にそうだろうか?
お互い、悪さはそんなにしない。彼に至っては優等生だ。勉強は常にトップクラスだし、体育も成績は悪くない。むしろ成績が良くない運動部の大会に助っ人で参戦して、そういう時は決まって普段以上の順位に導いてしまう。
顔も平均以上に良くて、だからモテるのは必然だった。
彼の横には大抵、私がいる。でも私がいなければ、彼の近くにはその時々で色んな人が入れ替わっていった。女子がいる時もある。
放課後、気配を消すように出ていったと思えば、十五分ほどもして鞄だけ取りにコソコソと戻ってきたことも一度ならず。
何があったの、と聞けば。
「あぁ、うん。まぁいいか。お前なら」
お前なら。
素敵な響きだと思った。その響きが私は好きだ。でも彼のことを好きかといえば、そうじゃない。友達として? 悪友として? 人間として? そんな好きはあるけれど、彼を放課後に呼び出したあの子みたいな好きは、私の心の中にはない。
ふっと息を吐く。
恋をすると人は変わる。恋が終わっても、人は変わる。
けれど友情は、恋情とは全く異なるその感情は、変わらないはずだった。
なのに。
× × ×
どこで間違えてしまったのか。
もしくは、どこも間違えなかったから今こうしているのか。
なんであんなことを言ったのか、自分でもよく分からない。
――みんな死んじゃえばいいのに。
いつも思っていた。二十四時間ではないけれど、気付けばなんとはなしに思っていた。
みんなみんな、いなくなっちゃえ。
邪魔で、目障りで、煩くて、鬱陶しくて、無駄なことばかり。
ねぇ聞いてよ。昨日のドラマさ。ママがね。だからフッてやったの。もうおかしくって。
へぇ、そうなんだ。……それで?
たった一言、二言、それだけで終わってしまう会話しか生み出さないオトモダチ。一年前まで知らなかった人たち。あと二年もすれば思い出になり、一ヶ月もすれば思い出せなくなる誰か。
意味、ある?
いなくていいよ。死んじゃっていい。死んじゃえばいい。
でもきっと、そんな誰かたちがみんなみんな死んでいなくなってしまえば、私も生きてはいけない。
彼は、どうなんだろう。
世界にたった一人、ぽつねんと遺されて。
それでも彼なら、ぽりぽりと頭を掻きながらも生きていく気がする。そして時に立ち止まり、空を見上げて何かを思う。
その瞬間、浮かぶのは私の顔であってほしい。
恋とは違う。
ただ私なら彼の顔を浮かべるだろうから、彼にとっての私もそうであってほしいと思っただけ。
なのに。
「そうなんだ」
彼が答えた瞬間、私は何かを間違えたのだと悟った。
「それで?」
頭が真っ白になった。
彼は困った顔をしていた。珍しい。いつも飄々としていて、時にはわざとらしく私を困らせる彼が。
その時だけは言葉を選ぶように瞳を動かしていたのを見てしまって、何もかもが消えてなくなる。
「それだけ」
それ以上、何も言えなかった。
何か言えば、何かが変わっていたのだろうか。
恋情と違って、友情は不変だ。
本当に?
漠然と、何を考えているのか考えるように無為な時間を過ごしていた時、ぽっと不意に浮かんだ映像があった。
写真。
一枚の写真。
ある瞬間を切り取って、一瞬を永遠としたそれ。
不変であるはずのそれは、しかし色褪せて、永遠の一瞬であるはずなのに朽ち果てていく。
私たちも。
続いて浮かんだ言葉を否定したくて、私は叫んだ。
叫んだ、つもりだった。
「お前なんか、…………のに」
掠れた声は肝心なところが擦り切れて、言葉を結んではくれなかった。
だって、嫌だ。
みんなが死んじゃえばいいなんて、そんなの嘘だ。
彼には生きていてほしかった。
彼は人間だ。人と人の間で生きることに抜群の才能を持った、人間の中の人間。だから誰とでも仲良くできるし、誰からも好かれるし、誰にでも仮初めの笑顔を向ける。
じゃあ、彼が人間でなくなったら?
傍に誰もいなくなって、世界に一人きりになって、仮面みたいな笑顔が無意味になったら?
彼は、どんな顔で笑うんだろう。
その瞬間だけ生き返って、見つめ合いたい。
突然現れた私を前に、彼はどんな表情を見せてくれるんだろう。
「私、馬鹿だな」
これでもまだ、恋はしていないと断言できてしまうのだから。