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顔を合わせば話すくらいの知り合いはみんな言う。
「お前は可愛い彼女がいていいよな」
しかし少しでも仲良くなると、みんな首を傾げる。
「お前らって、なんなんだ?」
俺が聞きたいくらいだよ、と毎回返す。
そのまま受け取る奴もいるし、誤魔化されたのだと受け取る奴もいる。
だがまぁ、それが俺の本音だ。
「俺たちって、なんなんだろう」
「人間でしょ?」
即答されて、まぁそうだよな、オケラじゃないよなと心の中で相槌。
「そうじゃなくてだな」
「じゃあ、高校生?」
「いやまぁ、そりゃそうなんだけど、そういう話じゃなくて」
「なるほど。そうだね、私たちは高校生は高校生でも、学校に行ってない」
「俺は行ってるぞ」
「週二日は立派に不登校なんだよ。登校の前に不が付く。つまり実質行ってない」
「どんな理屈だ」
「で、なんの話だ?」
「だから俺は不登校じゃねえっていう……あ? んな話だっけ?」
「お前って馬鹿だよな」
「お前に言われたかねえわ」
ったく、本当になんの話をしていたのか思い出せない。
頭を掻いていると、その度々俺の恋人と間違われる彼女が大欠伸を零した。男の俺でも人前では躊躇うような間抜け面だ。
「お前、間抜け面だよな」
「え、お前っていつからMになったの?」
「遠回しにこの後の加虐を宣言するな。あとそういう意味じゃねえ」
「じゃあどういう意味なんだ?」
「いや、つうか、お前は普通にしてたら相当な美人だろ」
「おいよせ、それ以上自分を虐めたがるな」
「なんで褒めても加虐されなくちゃいけねえんだよ」
「そりゃ面と向かってそんなこと言われたら照れるに決まってるからだろ」
なるほど、照れて手が出るタイプのヒロインを目指しているのか。
もう少し頬を赤らめ、あと顔を背けながら言うのであれば可能性はあった。悲しいかな、真顔で平然と返せてしまっている辺り、その路線でいくのは難しそうだ。
「まぁ実際、私は美人だしな」
「認めるのか」
「その前にお前の表情から心の声を読んだことを褒めてくれ」
「それくらい俺だってできるわ」
「ほう? じゃあ今の私の心の声を教えてくれ」
「俺の金で焼き肉食いたい」
「それは反則だろ。それは全人類等しく渇望することだろ」
「なんで俺の財布が全人類に狙われなくちゃいけねえんだ」
「そういや、最近儲かってる?」
「儲かってねえ」
「そうか、残念だ。じゃあ夕食は焼き肉で決まりだな。食べ放題で勘弁してやる」
「もう何も言いたくねえ」
「だったら黙ってろよ」
言われなくても、そのつもりだ。
果たして、俺たちのこの奇妙な縁の始まりはどこだったのか。
出会いは考えるまでもなく小学校の入学式の日。トイレが見つからなくて泣いていた女の子を案内して……ではなく、その女の子を遠目に見て「泣く前に誰かに聞けばいいのに」と思っていたところを見つかったのが始まりだ。
ちなみに、その後すぐに母親がやってきて、幼き彼女の尊厳は守られた。
出会いがそんなだったから、最初から仲良くなるなんて無理な話だ。
俺は馬鹿な奴だと思って見下していたし、向こうは向こうで冷たい奴……有り体に言ってクズか、そうでなければ漏らすところを見ようとした変態くらいに思っていただろう。
まさかピカピカの小学一年生がそんな発想に至るとは思えないが……いや、俺にしても彼女にしても、そこまで高度で紳士的な発想は想像もできなかったはずだ。しかし本人の口から言われたことでもある。
「あの時はヤベぇ変態に目ぇ付けられて怖かった」
高校に上がってすぐの頃、毎度のごとく軽口の応酬をしていた際の言葉だ。だから信用はできない。
そういえば、あの頃はまだ女子高生をしていた。
最近では制服を着ることすら滅多にない。最近は制服を着る時イコール俺の財布に集る時で、膝上より股下で数えた方が早いスカート丈を見せつけてくれる。眼福なので財布の紐は緩みそうになるが、色仕掛けに負けたと思われたら癪だから普段着に着替えてから財布の紐を緩めることにしていた。
まぁ俺の視線がヒラヒラと揺れるスカートの裾に釘付けになることはバレているのだが。
しかし、どうせならワイシャツも少し崩して着てもらえないものか。彼女は割と胸が大きい。クラスの平均よりは確実にある。なのに男物の野暮ったい服ばかり着るせいで、着痩せというより胸に限らず全体的に幅があるように見えてしまうのが残念だ。
「キメェ」
「急に変な鳴き方するなよ。突然変異した羊か?」
「いやお前、まさか人の胸ガン見してるの気付いてなかったのか?」
「すまん、割と日常的に見てるせいで意識するの忘れてた」
「マジでキメェ」
「いやいや悪い悪い。今度からちゃんと意識して見るわ」
「死ね」
「純度百パーセントの嫌悪感は地味に傷付くからやめてくれ」
「男どもの純度百パーセントの性欲に私たちは非常な嫌悪感を抱いていることを忘れないでいただきたい」
「俺でもダメか」
「お前は何様のつもりだ」
「よく彼氏と間違われる友人A」
「それでどうして例外措置を受けられると思えたんだ。もう少し黙っとけ変態」
黙れと言われたら黙るしかないのが男のサガ。
もとい、女の胸を凝視していたことがバレた男に唯一許された贖罪である。
ただ死ねと言われたら死ぬのかといえば、そんなことはないだろう。結構本気に聞こえたが、いくらなんでも俺が死んだら少しは寂しがって、ちょっと言い過ぎちまったよ、と罪滅ぼしに俺の冷たくなった腕をその胸に――
「キメェ」
「急に変な鳴き方す――」
「それさっき聞いた。面白くないから黙っててくれる?」
今、俺の心にヒビが入った。
そうだ、死ねと言われても黙れと言われても、なんなら真正面から軽蔑の眼差しとともに即死呪文「キメェ」を浴びせられても、まだ耐えられる。
しかし「面白くない」は言っちゃダメだろう。
それはもう戦争するしかない。けれど俺は平和主義者だ。平和主義者が開戦を前にできることといえば、己の殻に閉じこもって飽和攻撃から身を守ることのみ。
とはいえ、まぁ、あれだ。
小学生時代に芽生えた悪友じみた友情が変に捻れてしまった原因は俺にある。
彼女だって本気じゃなかった。
あれは中学の一年が終わり、二年生になろうとしていた頃。
寒さと暖かさが矛盾せずに同居する初春の陽気に当てられて、なんとはなく大袈裟に言ってしまっただけのことなのだろう。
なのに俺は逃げてしまった。
彼女の抱える鬱屈を知っていて、俺に期待する思いも知っていたから。
何も恋愛とか男女のそれを求められていたわけじゃない。
ただ特別な、それでいて有り触れた何かを期待されていただけなのに。
俺には、どうすれば応えられるのか分からなかった。
今でも本当は、分かっちゃいない。
どうすればいいんだろう?
考えても答えは見つからず、持ち上げた視線が一つの目印を認めてしまう。
「あ、時間だ」
「なんの」
「バイト」
「あ? 今日って何曜……」
「あぁいや、増やしたんだ、シフト」
「大丈夫なのか、お前のバイト先は」
「何が?」
「今日は……っと、水曜だぞ」
「それが?」
「……平日の昼間に平気でシフト入れる高校生を雇う奴がまともとは思えん」
「まともじゃねえだろうなぁ、そりゃあ」
非合法ではないが、学校にバイトの許可を求めればまず間違いなくストップが掛かる類いの店だ。
「けど、そっちの方がいいだろ」
笑う。
多分、笑えた。
「お前はどうなんだよ。俺がまともな方がよかったか?」
彼女は笑おうとして、失敗していた。
「別に。どっちだっていいよ、お前なんざ」
お前。
どうして俺なんかの真似をするのか分からない。
人の真似をして人の気持ちが理解できるようになるなら、俺は今頃女装でもしている。