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「みんな死んじゃえばいいのに」
彼女はいつも、そう言っていた。
しかし続く言葉を紡ぐことは稀で、最後まで言い切ったのはただの一度きり。
「みんな邪魔。目障り。煩くて、鬱陶しくて、みんな無駄。
だって、そうじゃん?
だからみんな、死んじゃえばいいのに。
そしたら私は一人だけになった街で好き勝手するの。
コンビニでお菓子とか食べてさ。お酒も飲んじゃっていいかな?
ね、ね、どう思う?
お酒って美味しいのかな?
匂いはあんまり美味しそうじゃないけど、みんな美味しそうに飲むよね。
だから飲んじゃおうかな、お酒。
それでね、ご飯は弁当屋に行く。作り置きのを電子レンジで温めて食べるの。
夜になったら、どうしようか。寒いかな、寒いよね。だって夜だし。
あれ、でも夏なら暑くないのかな?
だったら、そうだな……。
ねぇ、どこに行けばいいと思う? 河川敷で花火とか?
夏祭りの打ち上げ花火ってさ、道具があれば素人にもできるのかな。
できたらやろうよ、花火。
一人でさ。
タイマーセットして、河川敷で唐揚げ弁当食べながら見るの。
一発だけ、ドカーンって。それ見て笑って、いっそ河川敷でそのまま寝ちゃう?
あ、だめか。だって人はみんな死んじゃっても、虫は死んでないから。
それでね、それで、何日か経ったら寂しくなるの。
コンビニのお菓子は大丈夫でも、弁当屋の弁当はだめになる。
電気も止まるのかな。水道はどうなんだろう。
でも、同じだよね?
何日かして、何週間かして、何ヶ月かして、私も死ぬの。
だって、そうじゃん?
ちゃんと食べ物があるうちに罠とか銃とか使えるようになれば、狩りができる。
でもね、私は絶対そんなことしないよ。
あるもの食べて……そう、誰かが作って置いていった何かを食べて。
みんな死んじゃった世界で、みんなが遺していったもので生きて、死ぬ。
それが私。
だから最後に、本当にみんな死ぬ。
思うよ、私は。
みんな死んじゃえばいいのにって。
みんな邪魔。目障り。煩くて、鬱陶しくて、みんな無駄。
ね。
だって、そうでしょ?」
相槌すら打たなかった俺は、一体なんと答えたんだったか。
「うん」とか。
「そうなんだ」とか。
まぁ露骨に気のない返事をしてみせて、それからこう結んだのだろう。
「それで?」
彼女が何を求めているのかは知っていた。
いや、違うか。
多分こうじゃないか、きっとこうだろう。
十中八九でないにせよ、十のうちの六か七は、まぁ期待している。
今なら断言できる。
十中八九どころか九分九厘、彼女はそれを求めていた。
俺は分かっていたのに、分からない振りをした。何も感じない振りをした。
正解は今でも心の中にある。
「じゃあ、俺も?
みんなってのは、みんなだよな?
俺も死んじゃっていいのか?
お前を置いてさ、お前より先に死んじゃっても――。
だからさ。
みんなじゃなくて、俺とお前以外のみんなだったら……。
なぁ、それじゃダメなのか?」
だけど、言えるはずがなかった。
まるで告白だ。それどころかプロポーズだ。七割で微笑まれるとしても、残る三割できょとんと意味の分からなそうな顔で返されたら死ねる。それこそ、みんな死ねよって毒づくかもしれない。
だから言えなかった。
言わなかったから、彼女は笑ったのだ。
「それだけ」
たったそれだけ、彼女は残した。