第六話 戦士への道
これが前々世と前世の記憶ということになる。
すべてを思い出せたわけではない。細かいところはさすがに思い出すのが難しいが、大きいところは思い出すことができたと言っていいだろう。
とは言ってもすべてを理解するのはなかなか難しい。
「俺は強い戦士になる為に、この世界に転生してきた、ということは思い出したよ」
「そうなのよ。そして、あなたはこれからこの世界を救っていくのよ」
「でも今の俺はただの高校生。強い戦士になんかなれるのかなあ」
今までは、運動部に入ったことすらない俺。ちなみにずっと帰宅部。前々世からこの点はなにも変わっていないようだ。
「大丈夫。あなたならきっと出来るわ」
「そう言ってくれるのはうれしいんだけど。ところで、さっき攻めてきたホルンラオンブルク中佐って言うのは何者なの?」
「この世界では、自分たちの勢力拡充、あるいは破壊、を行うグループが相当数存在しているのよ」
ホルンラオンブルク中佐というのは、その相当数あるグループのリーダーの一人、ということになるようだ。
「ホルンラオンブルク中佐は、手始めにまずこの地域の破壊と制圧を狙っているようね」
「破壊と制圧……」
「そう。ただ、今日の態度からすると、海忠くんのことを部下にしようとしているようね」
「誰があんなやつの部下なんかに」
思い出すだけでも嫌になる。
「その意気よ。でも断ったことで、あなたを倒そうと一生懸命になってくると思うわ」
「まだ何もできない俺を倒しにくる……。俺なんか一撃で倒されてしまうじゃないか」
「そうね。今の状態ならね。でもこれから訓練をしていけば、レベルが上がってくる。そうすればホルンラオンブルク中佐にも対抗できるわ」
「俺に出来るのかなあ」
強い戦士というものと今の自分というものには、あまりにもギャップがありすぎる。
「出来るわ。もっと自信を持ちなさい」
「でも俺はただの人間だよ。そんな人間が戦士になれるのか、と思ってしまうんだ」
「いや、それは自分を小さい人間だと思いぎているわ。あなたはこの世界を救える戦士になれる。絶対に」
「小さい人間だと思うんだけど」
そう言っている内に、康子さんの姿を見ていると、胸がつまってきた。
それに、彼女はかわいい。俺は面倒なことは嫌いだ。でも、このかわいい人の力になってあげたい気持ちはある。
「いや、できないとまでは言ってないよ」
そう言うと、彼女は少し明るい顔になった。
「じゃあ、あたしとともに戦ってくれる?」
「う、うん?」
「あなたが戦士として一人前になれるよう、あたしは一生懸命バックアップしていくわ」
「でも自信はないなあ」
「もう、弱気なことばかり言うんだから」
「そんなこと言っても、弱気なんだからしょうがないだろ」
「やっぱりどうあっても、戦うことはできそうもない?」
俺も男だ。まだ康子さんのことはよくは知らないが、このかわいい顔を見ていると、この人の為に尽くしたくなってくる。
「う、うん。いやあ、戦ってもいいかなあ、とは思ってきている。それにもともとあの世で決めたことなんだし」
彼女の顔が一段と明るくなった。
「そう。それじゃ、あたしと一緒に戦いましょう」
「自信はないけど」
「大丈夫、絶対に大丈夫。あなたなら大丈夫!」
彼女は、胸をたたく。
「まだ自信はないけど、努力します。よろしくお願いします」
俺は彼女に頭を下げた。
「じゃあ、早速今日から訓練ね」
「もう訓練するの?」
つらそうな言葉が早速でてきた。嫌だなあ。
「そう。行く道が決まったら、すぐ動かないとね。これから戦士になる為の道が始まるのよ」
「きついんでしょ。できれば最初はあまりきつくない方がいいなあ」
「あたしの立てた計画通りに動いてくれれば、大丈夫だから心配しないで」
「そういうならその通り動くけど」
「じゃあ、今日の夜から早速ね」
「今日の夜だって?」
「そうよ。夜よ」
「そんなことしたら、睡眠時間が短くなっちゃうし、アニメを見る時間やゲームの時間も少なくなっちゃうよ」
俺の憩いの時間が少なくなったら、生きる意味がない。
「全くもう……」
あきれる康子さん。
「あなたはこれからこの世界を守る戦士になるのよ。その自覚はまずきちんと持ってね」
厳しい表情。この表情は苦手。
「うん」
「もう、返事はもっとはっきりと」
「はい。わかりました」
「それでよろしい」
彼女はうなずくと、
「それじゃ、また夜ね」
と言い、そのまま去っていった。
な、なんだったんだ。今のは。夢じゃないよな。
自分の頬をたたくと痛い。ということは、これは夢幻のことではなく、現実のことだということだ。
俺はとにかく家に帰って、頭を整理することした。
ちなみに俺は今一人暮らし。親は国内の遠い場所に赴任中でいない。朝食や夕食は全部自分で作る。料理の腕前はまあ普通だと思う。洗濯とか掃除とか、その他の家のことも全部自分で行っている。嫌ではないが、毎日そこそこ時間がかかっているのが、少し悩んでいるところ。
恋愛ゲームのように、幼馴染がいて、家のことを手伝ってくれる、というシチュエーションには、どうしてもあこがれるところがある。
家に帰ると、ベッドに寝転んで、今日のことをいろいろ思い出す。
前々世、前世のこと……。今までこの世のことしか認識していなかった俺にとっては、それだけでも頭が大混乱することだ。思い出すということは、そういう経験をしてきたのだと思ってはきたが、まだ心が整理できてはいない。
ホルンラオンブルク中佐のこともそう。俺のことを部下にしたいといい、断ると斬りかかってきた。しかも、この世界の破壊と制圧をしようとするグループの一つのリーダーだという。
そしてなによりも俺を困惑させるのが、戦士になれ、という言葉だ。
ホルンラオンブルク中佐のような人のグループがあって、俺たちの世界に侵攻してきているの自体は理解できなくはない。
しかし、だからと言って、なぜ俺が戦士となって戦わなくてはならないのだろう。あの世でそうなるのだと決めたという記憶はあるが、今の俺は何の力もない。適任者なら、他にもいるのではないか、と思う。世界は広いのだから。
結局、夕食の時になってもそういうことを考えながら食べていて、味わう余裕もない。
風呂に入ってもリラックスすることができない。
風呂から上がって、再びベッドに寝転ぶ。が、心が安定しない。
あーあ。もういやだよ。なんでこんなに心が苦しいんだ。
それに、訓練って言ってたけど、夜にどうやってやるんだろう。まさか、秘密の訓練場につれていかれて、メタメタにされるのだろうか。
それとも、言葉だけで、実際はしないのか。俺にとってはもちろんその方がいいよな。冗談だったのかもしれない。いや、きっとそうだ。冗談に違いない。
そういろいろなことを思っていると、
「海忠くん、これから訓練場に向かうわよ」
と言って、康子さんが姿を現した。制服を着ている。この世界に来るときは、そういう姿になっているようだ。
「うん? なにを?」
「さっき言ったでしょ。訓練場に行くのよ。そしてそこで訓練をするの」
「あれって、冗談じゃなかったの?」
「冗談って、もう。どうしてそういう風に思うのかなあ」
あきれたように言う康子さん。
「しっかりしなさいよね」
「うん。わかりましたよ」
納得したわけではないのだが、彼女の厳しい表情を見ていると、自分を納得させるしかない気持ちになる。
そして、康子さんは扉を開き、そこに彼女と一緒に入って、訓練場へと向かう。
訓練場は、この世界と霊界の境目にある。俺の学校の体育館のようなところだ。その雰囲気に少し安心する。
「じゃあ始めるわね。一緒にやっていきましょう」
そう彼女は言う。
そして、
「この剣をあなたに渡すわ。受け取りなさい」
と剣を俺に手渡した。激闘戦闘剣という名称だ。
「まずこれで、形を作るのよ」
「えーっ。いやだよ」
「とにかく始めるの。まずは素振りから」
「素振り? なんでそんなことしなきゃならないの」
「とにかく開始!」
彼女の号令により、俺は素振りを開始した、
素振りにも形があるらしく、康子さんの指導が入る。
どうやら形になってくると、ようやく一休み。感覚としては一時間程度。
「お疲れさま。どう、疲れた?」
「疲れたよ。もう、なんで俺が……」
息が上がっている。
「少し休んだら、今度はAI兵士相手に打ち合いをしてもらうわ」
「打ち合いだって!?」
「そう。一日も早く戦えるようになってほしいから。実戦も取り入れていくわ。まずAI兵士と戦ってもらうけど、その内、AIモンスターとも戦ってもらうわね」
「なにを言ってるんですか。こんな初心者に」
「大丈夫よ、最初はレベル一に設定しておくから」
「やってることが無茶苦茶だよ」
「とにかくこなしてもらうわ。冗談じゃなく時間がないのよ」
そう言うと、彼女はセッティングをした。
「こ、これは……」
鎧と兜に包まれた人物が姿を現した。
「ロボット兵士よ。斬り込んでくるから、しっかり戦うのよ」
兵士は、早速俺に斬りかかってくる。
俺はそれを避けることができず、あえなく斬られてしまう。
が、少し痛みを感じた程度。
「もう、なにをやってるの。ちゃんと受け止めなきゃ」
「そうは言ったって。ところで、剣を受けてもけがはしないようだけど」
「けがはしないようにしてあるわ。だからその点での心配はいらない」
「それなら安心」
「安心じゃないわ。だからと言って、ダメージを受けるということは、相手に勝てなかったということになるの。命を失う可能性があるのよ。だから、ダメ-ジを食らわずに、攻撃をして勝っていきなさい」
「はーい」
「どうしてそんな気の抜けた返事しかできないの」
「わかりましたよ」
俺はしぶしぶ剣をかざし、兵士と対峙する。