第二話 前世での幼馴染
七月上旬。
梅雨の季節だが、今日は晴れている。
暑い! 耐えられないよう……。
と机でぐったりしていると。
「おはよう!」
俺の友人、井東唯一郎の声だ。元気があってうらやましい。
「うーん……」
それに比べて俺は適当な返事。
「元気だせよ」
と勇気づける言葉。
「いやあ、もう力が入らない」
すると、
「もう少しシャキッとしなさい!」
厳しい声。
「俺はもうぐったりなの」
「どうしていつもキチンとできないの」
「そんなこと言ったってこの暑さじゃあ」
「あたしも、暑さに耐えようとしているのに、あなたって人はもう……」
「そんなこと言ったって、体が動かないんだもん」
彼女は水田彩織。俺の幼馴染だ。
いつも怒っている気がする。
もう少しやわらかくしてくれればいいと思っている。
容姿だけならば十分かわいいし、俺に対すること意外だったら、優しく接しているようだ。
その幼馴染なのだから、普通は自慢できるだろうし、恋人にするのであれば、最適なんだろう、と思う。
なにせ一から人間関係を作っていく必要がない。
通常は、まず友達になるところから始まると思うが、その友達になるということだけでも男女の間はハードルが高い。
友達になれたとしても、そこから恋人どうしになるには、相当努力をしなければならない。
そう思うと、このかわいい幼馴染は、既に幼稚園の頃から長年関係をそれなりには築きあげているのだから、後はもうステップ上げればいいだけだと、普通は思うだろう。
ところが、俺は、幼い頃から彼女に怒られ続けているせいか、そういう感情がちっとも湧き上がってこない。
では、ツンデレではないか、と思う人もいるかもしれない。
俺のことを好きではあるのだが、うまく言えない、伝えられない、のでついつい荒っぽい対応になってしまうのではないか。
そうであれば、俺もどれだけ救われることか。
しかし、彼女は、いわゆるツンの状態がずっと続いていて、デレの状態が今の今にいたるまで全くない。
まあ、彼女にしてみれば、幼馴染というだけで、俺のことは別に好きでもなんでもないのだろうから、しょうがないとは言えるのだが。
いや、もしかすると、好き、どころか、俺のことが嫌いなのかもしれない。そこまで行くとつらくなってしまうのだが。
俺の方でも別に彼女が好きということではない。でも、心のどこかでは、彼女が俺のことを好きになってくれたら……。ということを思っていたりはする。
いずれにしても現実は厳しい。
「おっ、また彩織さんに怒られているのか」
唯一郎があきれたように言ってくる。
この唯一郎は中学校からの友人。友達のほとんどいない俺にとっては、貴重な友人だということは言えるのだろう。
「ぐたっ、としていたら怒られちゃった」
「そりゃお前、怒られても当然じゃない」
「そんなこと言ったって、この暑さだったら普通はぐったりするだろう。お前だってそう思うだろう?」 「うん、俺? いやあ、俺はこの程度の暑さならなんでもないぜ」
「ああ、暑さに強いやつがうらやましい」
「まあとにかく、彩織さんの前ではもっとシャキッとした方がいいと思うぜ」
「そんなこと言っても無理なものは無理なんだよ」
「しっかりしていないと、その内、他の人の彼女になっちゃうかもよ。それでよければ今のままでいいと思うけど」
唯一郎はいたずらぽい表情で言う。
「そんなこと言ったって……。今も昔もただの幼馴染だし」
「ただの幼馴染ねえ」
「そ、そうだよ」
「でもお前たちって、幼いころからの知り合いだろう。ちょっとしたきっかけさえあれば、燃え上がる恋になると思うんだけどな」
「まあ、小学校の頃までは一緒に遊んだりしたけど、中学校に入ってからはそうでもないさ。朝の登校だって別々だし。まして朝起こしてもらうイベントなんてあるわきゃないよ。それに、顔を合わせれば、いつもだらしない、って怒るだけだしな。怒られるたびに、いやな思いはどうしてもしてしまう。もう少しやわらかく言ってくれればいいのに、きついいい方だしな。お前が思っているほど、幼馴染ってやつはいいもんじゃないよ」
「まったく、あきれたやつだ。彼女だってお前がきちんとしてほしいから言っているんだろうに」
「そうは言ってもなあ。人間、リラックスをする時間が必要なんだよ」
俺は頬を膨らませながら言う。
「お前はいつもリラックスしすぎ」
「そんなことはないと思うけど」
「まあ俺がお前の立場だったら、今ごろはラブラブな関係になって、青春を謳歌していただろうにな」
俺はその言葉に驚いた。
「お前、ま、まさか彼女のこと好きなの?」
「うん? 驚かせちゃったかな。もちろん、彼女は魅力的だ。俺だっていいと思っている」
「で、好きなの?」
「そりゃ、嫌いか好きか、と言われれば好きさ。でも安心しな。俺は別に好きな子がいる」
「好きな子?」
「隣のクラスの衣幡さん。美人で名の高い」
「衣幡さんねえ」
モデルになってもいいくらいの美人。それが衣幡さんだ。その名声は俺たちのクラスにも響きわたっている。唯一郎が好きになるのもわかる気がする。
「まあ、そういうことだ。とにかくお前は、うじうじしている場合じゃないぞ。早く彼女と恋人どうしにならなくっちゃ」
「なにを言ってるんだお前は。俺は別に好きでもなんでもない。それに彼女だって俺のことが嫌いなんだろうから、そんなの無理に決まっているだろう」
そう俺が言うと、唯一郎は微笑みを浮かべた。
「全くお前ってやつは。二人ともこんなことをやってるから、全然前に進まないんだ」
「前に進まない?」
「そう。こういうことはなあ、うじうじしているところからはなに一つ進まないんだ」
「なにが言いたいんだ?」
「決まってるじゃないか。今から彩織さんのところへ行こう。俺が最初のおぜん立てだけはしてやる」
そう言うと唯一郎は、
「さあ。行こう!彼女が待ってる」
と俺を急き立てる。
俺の名前は伊駒海忠。どこにでもいる普通の高校二年生だ。
アニメが好きで、ゲームも好き。とは言ってもアニメについては、それほど詳しいわけではないし、ゲームもそれほどのめりこんでいるわけでもない。
友達もいないわけじゃない。
ただ……。
女性と付き合ったことはまだない。別に俺が男性の方が好き、とかそういうことではない。
モテるタイプではない、ということは言えると思う。
幼馴染の女の子である、水田彩織さんはいるが、ただの幼馴染。恋愛対象と思ったことはない。彼女の方も、俺を恋愛対象とは見てないようだ。
それだけならまだいいが、会えば怒られる。それもあって、次第に敬遠することが多くなってきた。
もっと優しい幼馴染がいたら、もしくは、彼女が優しい人だったら、と思う。そうすれば早々と恋人どうしになり、青春を謳歌することができたのに、と思わざるをえない。
こんな俺だが、恋を今までしなかったということではない。
中学校二年生のとき、好みの子がクラスにいた。
クラスでも人気が高く、彼女にしたいと狙っている男子は多かった。
しかし、美人なので、声をかけづらいところがあった、俺もそうだった。そういうこともあって、彼氏はずっといないままのようだった。
彼女と俺は、中学校二年生のときにクラスが同じになったが、一学期の間は、席が離れていたこともあり、特に会話をすることもなかった。
二学期になり、席が、通路を隔てた隣どうしになると、あいさつ程度はするようになった。
その時の彼女の笑顔を見るだけで、幸せな気持ちになれた。
その後、少しずつ他愛のない雑談をするようになり、そのたびに彼女の魅力に染まっていった。
しだいに彼女に対する想いが膨れ上がってくる。
彼女も俺のことに好意を持っているように見えるし、これは俺の想いを伝えるべきでは。
そう思った俺は、思い切って彼女を屋上に呼び出す。
「鈴林さん、こんなところに呼び出してしまって、ごめん」
「伊駒くんが呼び出すなんて、びっくりしたけど」
彼女は特に怒ってはいないようだ。
「あ、あの、鈴林さん、お、おれ」
言葉がなかなかでてこない。
彼女は、
「どうしたの?」
と言う。
もう、とにかく突撃するのみだ。
俺は決断した。
「鈴林さん、お、俺はあなたのことが、す、す、好きです」
なんとか最後まで言葉を発することが出来た。
うまくいってほしい。俺は期待を込めてそう思った。