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その後のお話(4)

「大丈夫ですか?」


 蕁麻疹を治す薬を飲んだところで、クミに聞かれ、セルヴァは微笑んだ。

 今は二人ともテーブルにつき向かい合っている。


「はい、すみません。お騒がせしました」


「抱き着いたのは私なのでセルヴァさんが謝るのはおかしいです。

 私の方こそすみません」


 と、クミが気落ちした様子でうなだれた。


「気にしないでください。

 クミ様が私に抱き着いてくださるほど嬉しい事があったのなら私も嬉しいです」


 と、セルヴァは気落ちしているクミに微笑んだ。

 これでセルヴァが普通の体質ならクミと素直に抱き合って喜べたのにと、心苦しくはあるが、それを言葉にだしてしまえばクミに気を遣わせてしまう。


「今日は何かあったのでしょうか?」


 セルヴァが問えば、クミは少しためらったあと、


「あの――セルヴァさん。もしかしてセルヴァさんの蕁麻疹が出来る理由がわかったかもしれません」


「え?」


「ただ、これから話す事はあくまでも私の世界での知識です。

 この世界に通用するか、本当にそうなのかもわかりません。

 もし私の推理があっていたとしても、心の問題は簡単なものではありません。

 心が弱いとか、セルヴァさんが私の事を好きじゃないからそうなるんだとかいう、話じゃないので、……聞いてもらえますか?」


 上目遣いに言うクミの言葉にセルヴァは黙ってうなずいた。



「たぶんその蕁麻疹は心因性のものです。

 セルヴァさんのお母さんがかけた呪いじゃなくて、セルヴァさん自身が呪いをかけてしまっている状態だと思います。

 だから『指定』や薬で一旦治してもまたセルヴァさん自身がかけてしまうから、治らないと錯覚してしまっているのだと思います」


 椅子に座った状態でまっすぐ目を見つめて言うクミの言葉にセルヴァは固まった。

 

 それはつまり、ダンジョンで薬を手に入れたとしても、セルヴァの蕁麻疹を治すのは無理だという事になる。

 そして何よりも


「……何故私が自分でそのような事をするのでしょうか?

 私はクミ様を愛していますし、クミ様に触れたいです。

 ラーニャさんのようにクミ様に抱き着きたいですし、子供たちのように、何気なく頬にキスもしたいですし、アレンさんのように手と手をとりあって包丁や箸の使い方など教わりたいですっ!!

 朝だってそうです、手袋越しに手の甲にキスをではなく、きちんとクミ様とキ……」


 と、思わずセルヴァが縋るように言いかけて、固まった。

 顔を真っ赤にしてしまったクミの顔を見て我にかえる。



 かぁぁぁぁぁぁぁ。



 とセルヴァも顔が赤くなるのがわかった

 同性のラーニャや子ども達、しかもアレンに対してつまらぬ嫉妬心を抱いていたなんて、恥ずかしい事を言ってしまった。

 これでは女々しい男と思われてしまうだろうか。


「す、すみません。話の腰をおりました」


「いえ、嬉しいです。

 セルヴァさんが本当に私を好きでいてくれて、私に触れたいと思っていてくれるからこそ、蕁麻疹が出来るのだと思います。


 だから決して自分を責めないでください」


「……それは、つまりどういう事でしょうか?」


 好きなのに蕁麻疹が出来る。それの意味がわからない。

 ダルデム教では心の病など研究されていない。魔法で治るものはすべて魔法でなおし、治らないものは心が弱いで終わりなのだ。それが故セルヴァにはクミの言っている事は理解できなかった。


「前にセルヴァさんの心の中に入った時、セルヴァさんのお母さんが見えました。

 セルヴァさんのお母さんが罵っていた言葉がたぶん、セルヴァさんを縛り付けているのだと思います」


--お前が生まれたせいで、私は幸せになれなかった。お前が生まれたせいであの人は私を抱きにすら来ない、私から幸せを全部奪った。お前が幸せになるなんて許さない--


 母がセルヴァに暴力を振るう時に必ず言った言葉。

 ヒステリーをおこしてはこの言葉とともに暴力を振るわれた。


「それは……つまり……」


「はい、初めの蕁麻疹はたぶん、本当にお母さんの呪いだったのだと思います。

 でも精神世界から帰ったあと『指定』でお母さんがかけた呪いはおばあさんの呪いとともに治っていたと思います。

 その後私達は、もし蕁麻疹ができたら困るからと、シャルティが治る薬をもらってくるまでと、蕁麻疹が治っているかの確認を先延ばしにしてしまいました。

 そして――薬が手に入る前に、セルヴァさんはお母さんが死んでいる事を知った。

 お母さんが死んでしまった事を知って、セルヴァさんがお母さんに負い目を感じてしまって、今は幸せになることへの罪悪感から蕁麻疹になってしまうのだと思います」


「そんな……では私のせいで……?」


 セルヴァが、信じられないという目で手を見つめれば


「大丈夫です!!

 原因がわかっただけで100歩前進ですよ!

 スキンシップができなくても、毎日幸せだって感じれば、もしかしたら、もう幸せだからどうでもいいやと治るかもしれないじゃないですか!

 それに毎日私がセルヴァさんに、「セルヴァさんは幸せになっていいんですよ」って、寝ているときに枕元でささやいてあげます!催眠療法です!」


 と、手を握られた。


「ですが私のせいでクミ様にご迷惑を……」


「全然悪い事じゃないじゃないです!

 セルヴァさんが「幸せ=私に触れる事」って思っているって事ですよ!!

 愛の結晶です!!!!凄い愛の告白じゃないですか!!!

 すごくすごく嬉しいです!!」


 と、笑うクミ。


 ああ、そうか。

 この人はいつだってそうだ。

 自分が負い目に感じている事の悪い点を見るのではなく、いつも変わった視点と発想で凄いと褒めてくれた。


 それがセルヴァにとってどれだけ救いだったかきっとこの人は知らないだろう。


「クミ様」


「はい!」


「私は……世界で一番幸せだと思います」


「私もですよ。こんな素敵な人と一緒になれたんですから」


 と、クミが顔を赤らめててへへと笑う。その笑顔が可愛くて、セルヴァはそのままクミを抱きしめた。


「せ、セルヴァさん!?蕁麻疹ができちゃいます!?」

「かまいません、今はこうしたいです」

「だ、ダメですよっ!?本気で命にかかわ……あれ?」

「え?」

「セルヴァさんちょっと上着脱いでください!」

「えっ!?」

「ほら、顔に蕁麻疹が出来てません!どこか他の所に出来てますか!?」


 と、クミに言われて、慌てて手袋をとって手を見てみれば、どこも腫れていない。


「……腫れてません」


「じゃ、じゃあ!」


「治った……のでしょうか?」


「かもしれないです!」


「クミ様」


「セルヴァさん」


 見つめあって、そっと頬に手を添えて、ぎこちない様子で唇を重ねあう。

 ほんの数秒。

 それでも幸せな時間で。


「どこか腫れてませんか?」


「はい。大丈夫です。……その、もう一度いいですか?」


 セルヴァが顔を真っ赤にして情けない顔で聞けば


「はい、喜んで」


 と、クミも顔を赤らめて背中に手をまわしてもう一度唇を重ねた。


「好きですよ」

「はい、私も愛しています」


 お互い顔を赤らめて微笑みあう。


 この女性ひとに出会えた事に。

 この女性ひととともに歩ける事に感謝を。


 セルヴァはいるかもわからない神に祈りを捧げ、ぬくもりを確かめるように抱きしめた。


 どうかこの女性ひとといつまでも共に歩めますようにと祈りながら。




誤字脱字報告&ポイント&ブックマーク本当にありがとうございました!

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