82話 諦めないで
こちらの世界に召喚されたとき。
何が何だかわからなかったけど。
自分を守ってくれようとしてくれる人がいた事が嬉しかった。
テレビやドラマで、親が子供を無償の愛で守ろうとするシーン。
ずっと私には無縁だと思っていた。
だって肉親がいなかったから。
結婚して家族が出来れば私を心配してくれる家族が出来るかな?
なんて夢見ていた所を捨てられて、本当にどうしていいのかわからなかった時、私を守ってくれようとしたのはセルヴァさんだった。
私なんて赤の他人で見捨ててもよかったのに。
セルヴァさんは必死に抗議してくれた。
それがどれだけ嬉しかっただろう。
私のためにカズヤに抗議してくれるセルヴァさんがどれだけ心強かっただろう。
だから――一緒に暮らして、夫婦みたいで嬉しかった。
ずっとずっとこの幸せな環境が続くって信じてた。
私のせいで、自分のやりたいことを我慢して日に日にやつれてくセルヴァさんの助けに少しでもなりたかった。
なのに、どうしてこんな事になったのだろう?
ただセルヴァさんの好きな生き方を。
私に縛られない、セルヴァさんのやりたいことが出来るようにと、手伝いたかっただけなのに。
ラウルにセルヴァさんの精神の中にいれてもらって、伝わってきたセルヴァさんの感情は――諦めだった。
祖母に裏切られた事の絶望と、生きる事への諦め。
私はシャルティ達と幸せに暮らしていけるだろうと--。
どうしてみんな私を置いて諦めてしまうの?
父も、母も、私だけを置いて自殺してしまった。生きる事に疲れたと。
父が連帯保証人となって背負わされた借金を返すのを諦めて死を選んでしまった。
私を置いて。
大人になった今ならわかる。自己破産するなり手段はいくらでもあったはずだ。
でも父と母は借金の取り立てに疲れてしまって考えるのをやめて死を選んでしまった。
それなのにセルヴァさんまで私を置いて行くの?
周りは、貴方の事を思うからこそパパもママも貴方を置いていったのよと言うけれど、貧乏でもよかった。苦労してもよかった。
本当に愛していたなら置いて死なないでほしかった。
頭ではわかってる。きっと父も母も……セルヴァさんも辛かったのだろうと。
でも、お願い頑張るから置いて行かないで。
一人はもうやだ。寂しいよ。
好きな人のための苦労が嫌なわけないじゃない。
貴方のため、将来のため。
頭ではわかっても、もう嫌だ。
置いてかないで、諦めないで、人の幸福を勝手に決めて私を置いて逝こうとしないで。
セルヴァさんが死んでも大丈夫なんて言わないで。
セルヴァさんがいたから、知らない世界でも怖くなかった。
他人の私のために一生懸命になってくれて、私のためにいろいろしてくれて。
それがどれだけ嬉しくて、頼もしくて、感謝していたのか、もっともっと言葉にして伝えなかった私が悪いのかもしれない。
もし無事に生きて帰られたら、一杯言うんだ、ありがとう、大好きだ、頼りにしてるって。
だからお願い逝かないで。
ずぶずぶと闇に沈んでいこうとするセルヴァさんの身体を一生懸命引っ張るけれど、身体はどんどん闇に沈んでいく。
一生懸命名を呼んで、戻ってきてと叫ぶのに、もうほとんど闇に呑みこまれてしまって、手しか見えない。今握っている手を離したら、きっともうセルヴァさんには会えなくなる。
嫌だ嫌だ嫌だ。
お願いでてきて!
セルヴァさんが好きな事が出来なかったというのなら、これからいっぱい好きな事をしよう!私も出来うる限り手伝うから!
あふれる涙が止まらない。この一年、一緒に暮らして、たくさんの苦楽をともにして。
異世界なんてわけのわからない場所でも支えてくれたのは貴方だった。
「お願い、大好きだから置いて行かないで!!!!!!」
■□■
身体が深い闇に呑みこまれていく中。
なぜかセルヴァの中にクミの意思が伝わって来た。
一人寂しく公園で楽しそうに遊ぶ親子を眺める小さな女の子。
どうして置いて行ったの?
一人は寂しい置いて行かないで。
「貴方に苦労をかけるわけにはいかないわ」
そう言って微笑む女性。この女性がクミの母親なのかもしれない。
それを最後に彼女は一人になってしまった。
だから家族に憧れた。
ドラマやアニメで損得なく助け合う親子愛。
そこに描かれる事は--クミには無縁の話だったから。
施設の人は優しくて決して不幸ではなかったけれど、それでも肉親へのあこがれはどうしても消せなくて、一人公園で泣いた事もたくさんあった。
カズヤに告白されて、今度こそ自分にも家族が出来ると夢見ていたのにその夢も、最悪な形で終わりを告げた。
だから嬉しかった。
セルヴァに得があるわけでもないのに、セルヴァはクミのために命がけになってくれた。
ずっと憧れていた、自分のために何かをしてくれる人。
たとえそれが皆に平等に優しいのだとしても、それでも自分のために一生懸命に考えてくれる人の存在が嬉しかった。
だから、セルヴァの為なら何でも手伝うと心に決めていたのに、セルヴァまでクミを置いて行ってしまう。
母や父と同じく、勝手に死を選んでクミの為だと言いながら。
お願い見捨てないで、私の幸せを勝手に決めないで。
そう言って彼女の中に沸いた感情は寂しさ。
――ああ、そうか。親にも祖母にも愛されないと自分だけが不幸だと思っていた。
けれど――クミはその恨むべき親も祖母もいなかった。
それなのに彼女は寂しさを見せた事すらなかった。
だから強いと勝手に勘違いしていた。
違う。彼女は我慢して弱さを見せなかっただけだ。
両親がいなくて甘える事を知らなかった。
本当は寂しがり屋で、甘えたいのに、ずっと我慢していただけなのに、自分はそんな簡単な事にも気づいてあげられなかった。
自分を慕って頼っていてくれていたのに彼女を置いて一人だけ楽になろうとして自分は何を考えているのだろう?
死ねない。まだ死んでは駄目だ。
彼女が必要としてくれてるのなら、自分はまだ死ぬべきではない。
たとえ、母や父、祖母から愛情を貰えなかったとしても、必要とされていなかったとしても--今目の前に必要としてくれてる人がここにいる。
「お願い、大好きだから置いて行かないで!!!!!!」
クミの言葉に、セルヴァの意識が、天使の呪縛を振り払うのだった。











