81話 闇の中
――ここは――
黒い霧の中でセルヴァはあたりを見回した。
身体を動かしたいのに……指一本動かない。
一体何がどうなったのだろう--。
思考がぼんやりして何も考えられない。
クミ様は無事だろうか--。
何かに乗っ取られた身体で、必死に抵抗し、自分を短剣で貫いたのは覚えている。
薄れゆく意識の中で、シャルティに抑えられたクミが泣いて自分に叫んでいたことも。
「好きな人のための迷惑が嫌なわけないじゃないですか」
彼女が顔を赤らめて言ってくれたあの言葉。
とても嬉しかっはずで――感謝の言葉を言いたかったはずなのに。
それなのに――言葉と同時に自分は何かに乗っ取られた。
可能性があるとすれば――
【天使の加護】
自らの血筋が命の危険に迫った時発動するその加護は、加護を与えた者の思う通りに動かすことができる。
本来は幼い幼児が間違って危機が迫る行動をしてしまった時に、危険を回避させるもののはずだが――セルヴァにその加護を与えた者はそれを悪用した。
教団に致命的なダメージを与えるような出来事に対し、それを回避するような行動をとるような加護をかけていたのだろう。
クミとヴィクトールが出会えば――聖女が不要な世界を創ることなど夢ではない。
セルヴァの知る限りでも――クミの指定のスキルならそれが出来るはずだ。
もしそんな事になった場合、教団はその存在意義を失い権威は地まで失墜し、いままでの悪行がすべて罪に問われるだろう。
それが故、クミの存在を危険と判断し、自分は彼女を殺そうとした。
そして当の昔に、クミの力なら世界を救える事を知っていたのに見て見ぬふりをして目の前の幸せに入り浸っていた。
知らぬうちに思惑をすべて教団の都合のいい方向に操られていたのだ。
魔力の高いセルヴァにそのような絶対的な加護を与えられるのは、天使の血をわずかにひく母親では無理だろう
出来るとしたら、セルヴァを可愛がってくれたはずの、天使と人間とのハーフである祖母だ。
ああ――そうか。
初めから祖母にとって自分はロンティエンのために動くコマに過ぎなかったのだ。
公明正大に生きろと指示をしていたのも、ロンティエンへの不満分子をセルヴァに集めさせたのも、後で処罰し、ロンティエンの地位を盤石なものにするため。
だからこそ、自分が死んだと思われた途端、獣人達やヴィクトール達の国が不遇の扱いを受けた。
自分が気づかぬうちに操られ、祖母にすべて報告していたのだ。
はじめから祖母の愛情は父にしか注がれていなかった。
結局自分は、母にも祖母にも愛してなどもらえなかった。
母も祖母も愛していたのは父で、セルヴァなど眼中になかったのである。
祖母との誓いを守り、弱き者を助けられるよう、自分のような辛い思いをするような子供たちがいないようにと必死に教団に抗ってきた生き方も――結局は忌み嫌う父のためでしかなかったのだから滑稽でしかない。
―― もう疲れた ――
自分のために、苦労を共にしてくれると言ってくれたクミの事だけが気がかりではあるが、シャルティもフェンリル達も彼女の側にはいる。
獣人の皆も気立てがよく、あの遺跡で暮らしていくのに何一つ不自由などないはずだ。
彼女は強い、自分がいなくてもきっと大丈夫だろう。
―― このまま。消えてなくなりたい ――
黒い霧がより一層濃くなってセルヴァを包み込む。
身体がふわりとして心地よい。黒い何かが自分を連れて行こうと体がどこかに引きずり込まれる感覚。
きっとこのままこれに身を任せれば――命はないのだろう。
けれど、これでいい。
生き返れば自分はクミを殺そうとしてしまう。
このまま死ぬべきなのだ。
結局、自分は教団に縛られたままの人生だった。
希望も、夢も、すべて与えられたもので、与えられた夢も希望も教団の利益になるように計算されていた。
もし願うなら――次の人生は貧しくても誰にも縛られない人生を――。
自分自身の選んだ道を進める人生を歩みたい。
黒い霧に引きずられながら、ぼんやりと死ぬのかと考える。
浮かんだのはクミの笑顔で。
きっと彼女と別れたくなかったのだろうと自嘲気味に笑う。
せめて最後に――お礼と――自分の想いを伝えたかった。
「クミ様……」
無意識に手を伸ばせば……
がしっ!!!
と、唐突につかまれる。
――え?
そこに居たのは――泣きながら自分の腕をつかむクミの姿だった。
「……クミ様?」
「セルヴァさん!!!ダメですそのまま逝ったら!!!」
クミが叫んだその瞬間、黒い何かに全身が包まれる。
抗おうとするが身体が動かない。
意識が遠のく。
「嫌です!!おいて行かないでください!!
今まで自由に生きられなかったというなら、これから自由に生きればいいじゃないですか!!
セルヴァさんの思う事を、思うままに。
そのためだったら私も協力します!!!
だから、置いて行かないでください!!!」
クミの叫ぶ声が--どこか遠くで聞こえた。











