57話 やりたい事
「だいぶ生活も落ち着いてきましたね」
自宅に帰ってワンちゃん達の夜食を作り終わって食べさせたあと、セルヴァさんが紅茶を入れてくれた。
わんこやシャルティは自分のベッドでスヤスヤ寝てる。
「はい。そうですね。獣人さん達がいろいろやってくれるので、私がだいぶ楽できちゃいました」
アハハと笑って、紅茶を受け取ると、
「クミ様が皆にいろいろ役割を考えてくださったからこそですよ。
最初から施すのではなく、仕事とやりがいを彼らに与えたからこそ、生活が上手くまわっているのだと思います」
「?
普通の事だと思います、私が凄いわけじゃないと思いますよ」
と、私が言えば、セルヴァさんが首を横に振って
「この世界では普通ではありません。
そもそも教団が力を得たのもそういった要因もあります」
「そういった要因?」
「最初は善行と称して、人々に施しを与え、働くことを奪い、そして教団の施しなしでは生活が立ち行かなくなったところで奴隷化するのが教団の手です。
そして最終的には技術までも奪います。
獣人達に鍛冶職などを廃業させたのも、技術を奪い、人間に従わねばならぬ状況を作り出すためです。技術を失えば人間を頼るほかありませんから」
「うーーーーん。なんだかやっぱり酷い人達ですよね」
「……申し訳ありません」
「セルヴァさんが謝る事じゃないです。
……それに、あの、セルヴァさん?」
「はい?何でしょうか?」
紅茶を渡してくれたセルヴァさんにおずおずと尋ねれば不思議そうな声をあげた。
「セルヴァさんは教団に戻りたいですか?」
「え?」
「も、もちろんセルヴァさんが嫌いとかじゃなくて!!
その、セルヴァさんが教団に居た事で守られていた人達がいるわけじゃないですか。
私のせいで、セルヴァさんがその人達のために働けなくなったのなら心苦しいなって……。
い、いや、戻れっていうわけじゃないんですよ!?
嫌ならあんな酷いところ戻らない方がいいと思いますよ!?
でも私を助けてくれたくらいだから、セルヴァさんはそういう優しい人なんだなーって、だから、セルヴァさんがやりたかった事を私が奪ったのなら申し訳なくて!!
セルヴァさんには好きな事をしてほしいんです!
もちろん、戻るなら私もサポートしますし!シャルティもワンコちゃんたちもいるから、セルヴァさんが教団で力を持てるように全力で守ります!!」
私が言えば、セルヴァさんが驚いた顔をして
「……ありがとうございます」
と、にっこり笑う。
「ですが、もし私が教団から捨てられたのをクミ様が気にしていらっしゃるのなら、気になさらないでください。
デュランから聞いた教団の私の死後扱いの手際のよさといい、殺す事はもともと予定にあったのだと思います。
遅かれ早かれ私は消されていたでしょう。
たまたまちょうどいい機会があのタイミングだったにすぎません」
「ですからクミ様はご自分の身を守る事を第一に考えてください。
貴方の力が外に漏れる方が世界にとっては危険です。
特に指定の力で宝珠の闇の力を消滅させられる事と、フィールド変更出来る事は、獣人を含めくれぐれも内密に。
以前外で力を使ったとはいえ、あちらも詳細まではわからないでしょうから」
「はい、わかりました。なんだか余計な事言ってしまってすみません」
「いえ、とても嬉しかったです。ありがとうございます。
私に好きな事をやってほしいと言ってくれたのは、クミ様がはじめてです」
「初めて?」
「私はいつも祖父母に人の模範となれ、弱いものを守れと教わってきました。
ですからこの生き方を恥じてはいませんし、今でも誇りに思います。
……けれど、私はそれに見合うだけの力をもっていなかった。
教団に逆らったところで、何一つ解決してあげられないのに、期待だけを持たせて何も出来ない自分の不甲斐なさに死のうかと悩んだ事もありました」
「え!?だ、ダメですよそんなの!??」
私が慌ててセルヴァさんの手を取ると、セルヴァさんははにかんだ笑みを浮かべて
「今はそのような気持ちはありません。
皆の生活環境を向上させたいと、行動すれば目に見えて環境がよくなっていく。
私が目指していた世界がここにあります。とても楽しいですよ。
クミ様のおかげですね」
と、手を添えてくれた。
「そんな事ないですよ。セルヴァさんがいたからこそ今の環境があるのだと思います。
私ひとりじゃきっとあの森で怖くて動けなかったですから。
ありがとうございますセルヴァさん」
――と。言葉が終わるか終わらないかのうちに、セルヴァさんに抱き寄せられた。
―――えっ!?―――
抱き寄せられて、抱かれた後、しばしの間。
そして
「す、すすすすすみません!?嬉しくてついっ!??」
と、慌ててセルヴァさんが顔を真っ赤にして私を引き離す。
「え、えーっと驚きましたけど、嬉しかったなら嬉しいです。
にしてもこちらの人って嬉しいとすぐ抱きつくんですね。
免疫ないからびっくりしました」
「え?」
「ラーニャさんとか、サニアさんとかすぐ抱きついてきますよ」
あの二人は隙あらば抱きついてくるからとてもドキドキする。
「あ、はい。そうですね文化の違いを忘れておりました。申し訳ありません」
と、セルヴァさんが微笑んでくれて私は思わず顔が赤くなる。
うん、毎日これやられたら心臓がもたない。
イケメンはそれだけで罪だと思う。
□■□
「それではおやすみなさい」
そう言ってクミと別れたあと……
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
セルヴァは自室で顔を両手で覆いながらため息をついた。
いまだ耳たぶまで顔が熱くなっているのが自分でもわかる。
――思わず抱きしめてしまったのをクミがこちらの習慣だと勘違いしてくれたのは、ありがたかった。
いままで、祖父母の教えも、自分を頼ってくれた人々も、こうであれ、頼ってますとは言ってくれても、セルヴァの好きな事を、損得なしに手伝ってくれると言ってくれたのはクミが初めてだった。
敵地に乗り込み、苦労することがわかっている道を共に歩んでくれるというクミの申し出がどれほど嬉しかったか、言葉では言い表せない。
抱きしめたい衝動を抑えて冷静にふるまっていたつもりだったのに、結局無邪気に自分にお礼を言うクミの言葉に思わず身体が動いてしまった。
気持ちを抑えないと。
クミが優しいのは自分にだけじゃない。フェンリルやドラゴン、獣人達への接し方を見ても優しいのは元来の性格なのだろう。
感謝を好意と勘違いして動いては駄目だ。
好きでもない相手に抱きつかれたら彼女だって迷惑だろう。
クミにその気がないのに一方的に気持ちを押し付けるのは違う。
――告白をしてしまい、振られた後、距離を置かれてしまっては守れない。
彼女の力はあまりにも強大すぎて、他の誰にも知られるわけにはいかない。
……それに。
セルヴァはそっと手ぶくろを外せば、手には鳥肌がたっている。
抱きしめてしまった時に、顔がクミの髪に触れたからだろう。
このような体質で、彼女に告白などできるわけもない。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
セルヴァはうずくまってもう一度大きなため息をつくのだった。
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